それはあかんやろ! 貧乏、子沢山、大借金……日本植物学の父・牧野富太郎博士の知られざる生涯

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ボタニカ

『ボタニカ』

著者
朝井まかて [著]
出版社
祥伝社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784396351076
発売日
2025/03/12
価格
1,298円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

それはあかんやろ! 貧乏、子沢山、大借金……日本植物学の父・牧野富太郎博士の知られざる生涯

[レビュアー] 仲野徹(隠居/大阪大学名誉教授)

朝井まかてさんの小説『ボタニカ』のモデルは、日本植物学の父、牧野富太郎。朝ドラで一気に知名度をあげた博士だが、その“いい人”のイメージを覆しかねないのが、本作で描かれる“非常識で破天荒、しかし学問にはどこまでも一途”な牧野富太郎だ。豊潤な筆致で全方位から博士の魅力を描いた本作について、「(牧野は)なんとなく好感度抜群であったが、この本を読むとかなり印象が違ってくる」と語った仲野徹さんによる文庫解説を紹介する。

正負あってこそ偉人たりうる

 牧野富太郎、言うまでもなく日本を代表する植物学者、日本植物学の父である。大学を辞めさせられ、赤貧に甘んじながらも十三人もの子をなし、自らの学問に邁進した。NHKの連続テレビ小説(朝ドラ)「らんまん」のモデルにもなり、主人公「槙野万太郎」を神木隆之介が演じたことでも有名だ。なんとなく好感度抜群である。だが、この本を読むとかなり印象が違ってくる。

 もちろん『ボタニカ』は小説なので、フィクションではある。だが、実名で表されているだけあって、槙野万太郎とはフィクションの度合いが違う。大きな出来事についてはほぼ史実に基づいて書かれているセミ・ノンフィクション的な作品なのだ。

 いちばんの驚きは、なんといっても妻についてだろう。故郷である高知に妻――子どもの頃から同居していた従妹(いとこ)の猶――がいながら、東京で数え十六歳の娘・壽衛(すえ)に一目惚れして妊娠させ、一緒に住むようになる。時代が時代とはいえ、さすがにそれはあかんやろ……。何年かの後に離婚するのだが、猶は牧野にできる限りの仕送りを続け、壽衛との関係もずっと良好だったという。不思議ですらあるが、それくらい心の広い人でないと牧野の妻はとても務まらなかっただろうという気がしないでもない。

 猶のことは朝ドラではまったく描かれなかった。このようなエピソードは朝のひとときにふさわしくないという配慮からだろうか。そういえばチキンラーメンを発明した安藤百福をモデルにした朝ドラ「まんぷく」でも台湾時代の妻が登場しなかったから、朝ドラの不文律なのかもしれない。ドラマとしては確かにいいかもしれないが、ある人物の生涯を理解するには、そんな態度ではあかんのとちゃうかというのが私の持論である。

 伝記、とりわけ科学者の伝記を読むのが趣味で、『生命科学者たちのむこうみずな日常と華麗なる研究』を上梓しているほどだ。北里柴三郎、野口英世、オズワルド・エイブリーら十八人の人生を紹介した本である。もちろん赫々(かくかく)たる業績を上げた研究者たちなのだが、必ずしも、その私生活は誉められた人ばかりではない。その本では紹介していないが、パプアニューギニアの風土病「クールー」の研究でノーベル賞を受賞したダニエル・カールトン・ガジュセックなどは、後に児童性的虐待で実刑判決を受けているくらいなのだから。

 ヘレン・ケラーと並んで伝記界の女王ともいえるマリー・キュリーにだって、子ども向けの伝記には決して書かれていない大スキャンダルがある。キュリー夫人といえば、ラジウムの発見、そして、夫ピエールが馬車に轢かれて亡くなってしまうというエピソードが有名だ。その後のことだが、キュリー夫人は不倫スキャンダルをひきおこす。相手はピエールの弟子であった妻子持ちのポール・ランジュバン。女性科学者がほとんどいなかった時代、それもノーベル賞受賞者のスキャンダルは大騒動になった。

 野口英世もたいがいである。渡米費用を目的に婚約したにもかかわらず自分の都合で破談にしたり、パトロンからもらった大金を遊興で使い果たしたりなど、とんでもないことをしでかしている。私が子どものころは野口といえば立志伝中の人であり、医学部へ進もうと思った理由のひとつはその伝記であったほどだ。しかし、一九七九年に出版された渡辺淳一の『遠き落日』を読んで腰がぬけた。相当にとんでもない人だったのである。

 偉人であろうがなかろうが、人生を語るにはポジティブな面とネガティブな面、両方を知っておかないとダメなのではないか。大学教授の退任記念誌とかで、弟子たちが口をそろえて師匠のいいこと、それも同じようなことばかりを誉めそやしているのを読んでいるとうんざりしてくる。それはあくまでも一面であって、その人を語るには十分ではなかろうと思えてしまうからだ。これって、性格、歪んでますやろか?

 なにが言いたいかというと、正負両面を知ってこそ、ある人物の本当の魅力がわかるのではないかということだ。『ボタニカ』は、そういった意味でも、じつに素晴らしい小説になっている。

 牧野といえば、赤貧に甘んじた市井の植物学者である。業績はもちろんだが、「赤貧」と「市井」、これら二つのキーワードが人気をもたらす所以(ゆえん)だろう。しかし、その金銭感覚のなさは半端でない。野口は貧困すぎたがために金銭感覚がなかったのではないかと言われているが、牧野は並に裕福な家に育ったせいだった。なにも考えずに研究資材や本を買いまくる。そら、赤貧にもなりますやろ。

 一時は、月給が三十円で借金が三万円――現在の貨幣価値にして億単位だろう――にまでふくれあがり、膨大な数の標本を外国に売り出そうと決意する。そのことが新聞で報道され、借金を肩代わりしてくれる人が現れたのは幸運だった。だが、その篤志家の出した条件を反古にしてしまうのが、牧野のすごい、というか訳のわからないところだ。まさに天真爛漫! といえば聞こえはいいが、これもやっぱりあかんやろ。

 大学を追われたのは、小学校中退でしかなかった牧野の業績を教授がやっかんだためというが、それだけではなかったのではないか。植物学とは分野が違うが、基礎医学研究を専門として、長い間、大学教員を務めてきた。研究を始めた昭和の終わり頃ですら、現在に比べるとずいぶんと封建的であった。ましてや明治時代、教授の言うことは絶対的だったはずだ。

 大学の資料を無断で使用したり、採取した標本を大学のものとせず私蔵していった牧野は、発表において教授に謝辞すら贈らなかった。科学の前には皆が平等であるという信念に基づいておこなった行為であったとはいえ、制度的な問題があるし、社会通念として認められるものでもなかったはずだ。元大学教授はやっぱり大学教授に甘いと思われるやもしれんが、牧野の行いは常識を逸脱していたと言わざるをえないのではないだろうか。

 そんな牧野だが、多くの人が手を差し伸べてくれた。それこそが人物の魅力だ。森林太郎(鴎外)、シーボルトの弟子である本草学者・伊藤圭介、東京帝国大学総長・浜尾新、文化勲章まで受賞した大ジャーナリスト・長谷川如是閑ら、錚々たる人々が脇役を固めていることは特筆に値する。ただひとつ、世紀の奇人、大博物学者である南方熊楠との対面、あるいは対決、が叶わなかったことが残念ではある。

 大学教授であったことと、まかてさんと知り合いであることから、この解説の機会をいただけたと考えている。まかてさん、小説のシャープさからは想像できないファンキーさがなんとも素敵である。

昨年秋、関西在住の作家さんを中心に「なにげに文士劇2024 旗揚げ公演」と銘打って、東野圭吾の『放課後』が上演された。実行委員の一人であったまかてさんは「校務員のバンさん」役で登場されたのだが、一箇所で大トチリがあった。あまりのあざやかなやらかしっぷりに、普段のファンキーさとサービス精神を鑑みて、終了後、はたして単なるしくじりか、それとも、うけるためにわざとやられたのかが話題になったほどだ。確認したら、単なるやらかしだったらしく、それはそれでさすがだと感心した次第。

 さらには日経新聞夕刊「こころの玉手箱」、まかてさんの第一回が「高校時代に読んだ『ソロモンの指環』」だったのには驚いた。ノーベル賞に輝いた動物行動学者コンラート・ローレンツの名著である。意外にも、と言えば失礼かもしれないが、自然がお好きなようだ。そういえば、鴎外の三男坊、森類を描いた柴田錬三郎賞受賞作『類』の紹介を書かせてもらった折、庭の花の描写があまりに見事だったので、お花がお好きなんですかと尋ねたら、そのとおりとのお返事をいただいた。もちろん『ボタニカ』でも、植物愛が遺憾なく発揮されている。

『類』でも『ボタニカ』でも、まかてさんの主人公に対する眼差しはどこまでも細やかで優しい。え~っ、そんな人やったんか、と思うようなことも書かれてはいるが、類も牧野も、きっと、よくぞここまで上手く書いてくれたと草葉の陰で喜んでいるに違いない。

祥伝社
2025年4月4日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

祥伝社

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