<書評>『酒を主食とする人々 エチオピアの科学的秘境を旅する』高野秀行 著

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酒を主食とする人々

『酒を主食とする人々』

著者
高野秀行 [著]
出版社
本の雑誌社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784860114954
発売日
2025/01/22
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

<書評>『酒を主食とする人々 エチオピアの科学的秘境を旅する』高野秀行 著

[レビュアー] 内澤旬子(文筆家・イラストレーター)

◆未知の暮らしに楽しげに順応

 少々不便でも、日本よりも気楽に楽しく暮らせるところはないだろうか。そんな思いに囚(とら)われたら、高野秀行氏の本を開く。

 誰も行ったことのない未知の場所を訪ね歩くことを標榜(ひょうぼう)する著者は、これまでも重箱の隅ならぬ地球の隅をつつくようにして誰も知らない国家や地域を訪ね歩き、紹介してきた。

 今度の本では、タイトルの通り酒を主食とする人々が住むエチオピア南部地域を訪ねる。しかも有名テレビ番組「クレイジージャーニー」のクルーを引き連れて。

 昨今飲酒は健康に良くないとネガティブに捉えられがちだ。けれどもエチオピア南部のデラシャという民族は、栄養の大部分を高黍(たかきび)などからつくる濁り酒から得ている。成人が1日に飲む量は5リットルという。

 不衛生な生水を酒に変えることで安全にもなるし、澱粉(でんぷん)質を発酵させて酒にすれば必須アミノ酸などが生じ、人間が生きるのに必要な栄養素を賄えるらしいのだが、それにしても信じ難い。健康を害さず生きていけるのだろうか。

 テレビ番組の収録のため、普段の著者の取材手法と比べると旅程も短く、事前リサーチも少なめとなり、必然的にトラブルが発生するのだが、これが猛烈に面白い。調査研究やドキュメンタリー映像では「失敗」として切り捨てられる出来事までもが、著者の筆にかかるとその土地ならではの現象として開陳されてゆくのだ。お見事、としか言いようがない。

 そして、あっという間に「酒が主食」の生活に楽しげに順応していく著者の様子を読んでいると、栄養や献立を考え食品価格高騰に煩わされている生活が少々バカらしく思えてくる。デラシャの人々のように自前の酒とわずかな固形物だけで問題なく生きていけるなら、いっそ身も心も楽ちんそうだ。

 ちなみに大量の酒を飲みながらも、彼らは酔い潰(つぶ)れたりせずしっかり働いているようだ。どういうことなのか、ぜひ長期滞在して続編を書いていただきたい。

(本の雑誌社・1980円)

1966年生まれ。ノンフィクション作家。『謎の独立国家ソマリランド』。

◆もう一冊

『酒を食べる』砂野唯著(昭和堂、電子書籍あり。重版され4月以降に発行)

中日新聞 東京新聞
2025年3月30日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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