『政策の哲学』
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<書評>『政策の哲学』中野剛志(たけし) 著
[レビュアー] 斎藤貴男(ジャーナリスト)
◆現役官僚の「主流派」批判
大変な本である。現役の経産官僚で思想家の著者が、近年の日本の国家政策は「疑似科学的なドグマ」に導かれていて的外れが多く、来たるべきグローバルな複合危機には対応できないと叫んでいる。
日本だけでもない。今や主要国の政策が裏付けとする主流派経済学は、新自由主義そのものだ。規制緩和や民営化、貿易・資本移動の自由化等々を絶対視する思想に、各国政府はおろか中央銀行や国際機関、チェック機能としてのジャーナリズムまでもが、囚(とら)われきった感がある。
本書によれば、しかし、主流派経済学は「科学」とは似て非なるものであるという。経済活動には通常、貨幣が不可欠なのに、主流派の「一般均衡理論」が想定するのは物々交換の世界だし、自由貿易の意義を説く「比較優位の原理」ときたら、「世界には二国、二財、一つの生産要素(労働)のみ存在する」「常に完全雇用」「運送費はゼロ」など、非現実的な仮定がなければ成立しない代物だ、と。
だから、たとえば2000年代後半のリーマン・ショックが引き金となった世界金融危機にも、主流派は無力だった。ノーベル経済学賞のポール・クルーグマンが彼らを、「良くても華々しく役に立たなく、悪くすれば完全に有害」だと喝破した所以(ゆえん)。
もっとも、だからって日本も世界も破滅には陥っていないのは、現実の政治家や官僚が、必ずしも主流派に忠実なだけでもないからだと、著者は言う。手前ミソばかりでもないかなと、評者も思った。
ほとんど衒学(げんがく)的にも映るほど、幅広く、膨大な学説が紹介される。やや難解だが、己の問題意識と照らし合わせつつ読むと、腑(ふ)に落ちる指摘が多い。評者には「批判的実在論」や「ポスト・ケインズ派」の解説、財政学者ジェームズ・ブキャナンが発展させた「公共選択理論」への批判が、特に興味深かった。
要するに、日本の政策には哲学がない。これっぽっちの懊悩(おうのう)も呻吟(しんぎん)もなく、人間をただ支配する対象としてのみ捉えた“マイナンバー”制度あたりが典型だろうか。
(集英社シリーズ・コモン、1980円)
1971年生まれ。評論家。著書『日本思想史新論』『富国と強兵』など。
◆もう一冊
『経済学と経済教育の未来』八木紀一郎ほか編(桜井書店)。日本学術会議の指針を検討。