『現代人を救うアンパンマンの哲学』
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敗戦から生まれた前代未聞のヒーロー
[レビュアー] 碓井広義(メディア文化評論家)
新たな連続テレビ小説『あんぱん』(NHK)が始まった。今田美桜が演じるヒロインのモデルは、やなせたかしの妻・小松暢だ。
やなせの代表作といえば『アンパンマン』である。絵本としてスタートし、テレビアニメ『それいけ!アンパンマン』(日本テレビ系)で国民的キャラクターとなった。空腹な人に「自分の顔を食べさせる」ヒーローなど前代未聞で、その桁外れの博愛精神は作者自身の投影と思われてきた。だが、果たしてそれだけなのか。物江潤『現代人を救うアンパンマンの哲学』が丁寧に探っていく。
元々アンパンマンは大人向けの作品だった。ところが大人である編集者や評論家から酷評を受ける。支持したのは幼い子どもたちだ。そのため、今も幼児向け作品だと勘違いされ、誤読されてしまうと著者は言う。
1919年生まれのやなせは戦中派だ。40年に召集を受け、中国戦線で敗戦を迎える。「正義は或る日突然逆転する。正義は信じがたい」が思想の基本となった。そして逆転しない正義を探し求め、「飢えた人に食べ物を与えるという行為は、いつの時代でも正しい」という考えにたどり着く。アンパンマンの原点だ。
目的を達成するための正義ではなく、ただ単に正しいと思える行為としての正義。やなせが見つけた境地は作品に反映されていく。さらに本書では、やなせが時流に合わせた流行を追う漫画をかかないことを決める過程も明かされる。人生と仕事をめぐる哲学だ。
いまや子どもに大人気のアンパンマン