『オリーヴァ・デナーロ』
- 著者
- ヴィオラ・アルドーネ [著]/関口 英子 [訳]
- 出版社
- 小学館
- ジャンル
- 文学/外国文学小説
- ISBN
- 9784093567480
- 発売日
- 2025/02/27
- 価格
- 2,970円(税込)
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『オリーヴァ・デナーロ』ヴィオラ・アルドーネ著
[レビュアー] 大森静佳(歌人)
「償い婚」拒否 闘う少女
「女は水差しだから、割った人のところにもらわれていくものなの」。主人公の母のこんな台詞(せりふ)から始まる。舞台は一九六〇年代、シチリア島の小さな村。父、母、双子の弟と暮らす少女オリーヴァは十六歳の誕生日に村の裕福な青年に誘拐され性暴力を受ける。これがたった数十年前のイタリアの話かと信じがたいが、なんと当時の刑法には、加害者が「償い」のために被害者と婚姻した場合にはその「罪は消滅する」と明記されていた。世間体を重んじる家父長制社会においては、それが被害を受けた女性の将来を守るための救済措置だったのだ。
オリーヴァは苦悩の末この「償い婚」にNOを突きつけ告訴するが、結果は必ずしも望みどおりのものではなかった。現実に、「償い婚」が法律から削除されるのはずっと後の一九八一年のこと。村の人々からの非難と侮(ぶ)蔑(べつ)の視線や警察の冷淡さにさらされながら、オリーヴァが引き受けた苦い時間は現代に地続きのものだろう。本書が本国イタリアでベストセラーとなり、約二十か国で翻訳されている所以(ゆえん)である。
コミュニストの父親に育てられた親友リリアーナとは違い、元来オリーヴァは自立心や反骨精神の強い少女ではない。オリーヴァとの関係のなかで少しずつ考えを変えていく母親、不器用ながら彼女を気遣う父と弟、そして正義のために闘う女性活動家や弁護士。周囲とオリーヴァ自身の心理の変化が丁寧に綴(つづ)られる。
加えて、場面や内面描写のみずみずしさに小説としての強い魅力がある。寡黙な父と夜明け前にカタツムリを捕りに行ったり、身軽な服装で思いっきり走ったり、幼(おさな)馴(な)染(じみ)の少年と雲を見あげたり。事件が起きる前のオリーヴァの日常の輝きが書き込まれている。とりわけ随所に出てくる比喩が記憶に焼きつく。いわくこの村で「女」であるとは「夕立のあいだ軒下で雨宿りをしているような」、「結び目のなかに閉じ籠もるよう」な感覚なのだと。関口英子訳。(小学館、2970円)