『魔窟 知られざる「日大帝国」興亡の歴史』
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<書評>『魔窟(まくつ) 知られざる「日大帝国」興亡の歴史』森功(いさお)著
[レビュアー] 小林哲夫(教育ジャーナリスト)
◆組織の歪な感覚 ありあり
2018年、日大アメリカンフットボール部員の悪質タックル問題では発覚当初、責任の所在を明らかにせず、対応が後手に回ってしまい大きな批判にさらされた。アメフト部は公式戦など対外試合に出場できなくなってしまう。これが日大という「魔窟」が世にさらされる始まりとなる。
21年11月、田中英寿理事長(当時)が所得税5300万円を脱税したとして所得税法違反の疑いで東京地検特捜部に逮捕される。そのあと、小説家で日大OGの林真理子が理事長に就任し、「新しい日大」を掲げ、「田中派」を一掃するため事務局長総入れ替えという荒療治を行った。
しかし、人が代わったところで、日大のあしき体質は変わらなかったことが、23年に発覚したアメフト部員薬物使用事件で明らかにされてしまう。部員の大麻使用告白に、日大は臭いものに蓋(ふた)をしようとしたのである。本書によれば、「『薬物事件としての立件は難しい』と手前勝手に都合良く解釈した。アメフト部監督らと計らい、部員を厳重注意で済ます」という大甘の裁定を下し、「大学側が発見された薬物を12日間も保管したまま、日大執行部はそろって事件を隠蔽(いんぺい)した」。
18年のアメフト部悪質タックル、21年の田中理事長の所得税法違反での逮捕、そして23年の薬物使用事件には、通底するものがある。過去の教訓に学ぼうとせず、やっかいな問題は内輪で穏便に済ませて事の真相を表さず乗り切ってしまう、というメンタリティーだ。それは20年代半ばのいまに至るまで引き継がれ、「新しい日大」は生まれず、古いままだった。本書では、日大の歪(いびつ)な組織防衛感覚が世間と大きくズレている様子について過去の歴史から掘り起こして描かれている。
大学のみならず企業、自治体で危機管理を担当される方にもぜひ、読んでほしい。大学は最先端の知、教養を学ぶところで社会の範となることを示すべき存在であり、日大では多くの学生はまじめに学び、教員は真摯(しんし)に教育、研究と向かい合っている。残念でならない。
(東洋経済新報社・1980円)
1961年生まれ。ノンフィクション作家。『総理の影 菅義偉の正体』。
◆もう一冊
『職業としての大学人』紅野(こうの)謙介著(文学通信)。日大問題の渦中にいた著者の書。