『やなせたかしの生涯 アンパンマンとぼく』
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前代未聞のぶっ飛んだキャラクター、国民的支持をいかにして集めたか
[レビュアー] 篠原知存(ライター)
異色のヒーロー、アンパンマン
〈自分の顔を食べさせるという、それまで誰も思いつかず、想像さえしなかったヒーローである〉
と言われてみればたしかにそう。子供と一緒に見ているうちに、まったく違和感を覚えなくなっていたけど、アンパンマンって、かなりぶっ飛んだ設定の主人公だ。
おなかがすいた誰かを助ける代わりに力を失ってしまう。ジャムおじさんに新しい顔を作ってもらわなければ、つまり自分も誰かに助けてもらわなければ復活できない。作者のやなせたかしは、最初の絵本を出したとき、「受け入れられない」という覚悟もしていたそうだ。それでもあとがきには、こう書きつけた。
〈ほんとうの正義というものは、けっしてかっこうのいいものではないし、そして、そのためにかならず自分も深く傷つくものです〉
前代未聞だったキャラクターはいま、みなさんご存知の通り、国民的な支持を集めている。本書は、やなせの生涯を幼少期からたどり、ヒット作に結実していく作家性や思考を明確に浮かび上がらせる一代記で、文庫書き下ろし。
著者は、数々の名評伝を手がけてきたノンフィクション作家であり、かつ雑誌「詩とメルヘン」の編集者としてやなせに師事していた人物。伝記を書くのに、これ以上ふさわしい人はいないだろう。
そんな関係性もあって、やなせの詩人としての側面がくっきり描かれているのも特徴だ。歌になっている「手のひらを太陽に」や「アンパンマンのマーチ」もそうだけれど、日常の言葉で書かれた、わかりやすい詩が多い。シンプルな言葉に込められた心情を解説されながら読むと、グッと心にくる。〈そうだ うれしいんだ 生きる よろこび〉の一節だけで涙がこぼれてしまうほどに。
やなせ夫妻をモデルにしたNHKの朝ドラ「あんぱん」も始まったばかり。本書を読んでおけば、より楽しめるのは間違いない。