『サーミランドの宮沢賢治』
- 著者
- 管 啓次郎 [著]/小島 敬太 [著]
- 出版社
- 白水社
- ジャンル
- 文学/日本文学、評論、随筆、その他
- ISBN
- 9784560091531
- 発売日
- 2025/01/06
- 価格
- 2,530円(税込)
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『サーミランドの宮沢賢治』管啓次郎/小島敬太著
[レビュアー] 奥野克巳(人類学者・立教大教授)
独自の視点「北」へ2人旅
本書は、最愛の妹トシを失った後、サハリンへ向かい挽歌(ばんか)を詠んだ百年前の宮沢賢治の思いを胸に、〈北〉を目指した二人旅の記録である。
詩人・管啓次郎と音楽家・小島敬太は、二〇一一年の東日本大震災の後、朗読劇『銀河鉄道の夜』の活動を十年以上にわたり共に続けてきた仲間である。賢治にとって、〈北〉には特別な意味があったのではないだろうか。二人は同じ思いを抱き、かつて詩を読み、歌を歌ったフィンランドへと旅立つ。さらに、冬の暗闇に吹きさらしの北風が吹き、日が長くなり春を迎え、夏至から再び闇の世界へと戻っていく北緯六十度以北に位置するサーミランドへと向かう。
本書は、「太陽と風の人々」として知られるサーミにちなんだ二部構成となっている。同じ旅路を、前半の「風篇(へん)」では小島が、後半の「太陽篇」では管が語る。風篇で使われる文字の青色と太陽篇の赤色は、サーミの民族衣装のイメージカラーに由来する。本書には、読むことの楽しみを倍増させる仕掛けが施されている。
小島は人々に目を凝らす。無口で陰気なバスの運転手に不気味さを覚えつつ、指定された場所で降ろしてもらえたことに喜びを感じる。また、トナカイレースに出たくないトナカイを思わせる観光客の声色に嫌悪感を抱き、そのことを後に記そうとしている自分をも嫌悪する。
一方、管は人間の言葉と先住民について穏やかながらも叫びのような思考を迸(ほとばし)らせる。目立たぬよう生き延びていることを示すためにトナカイではなくとなかいと表記し、自発的に自然に応じて声を出す即興歌唱ヨイクを愛(め)でる。地形や気象、鉱物、菌類、動植物に精通し生き延びてきたサーミの人々に深い敬意を抱き、現代社会の基本文法を再考しようとする。
二人が同じ〈北〉を旅しつつ、異なる考えや感情を抱くことで、独自の視点や思索が紡ぎ出される。旅の多様性や奥深さをなぞりながら、読者はこんな旅をしたくてうずうずするはずだ。(白水社、2530円)