『習近平研究』
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『習近平研究 支配体制と指導者の実像』鈴木隆著
[レビュアー] 橋本五郎(読売新聞特別編集委員)
権力志向 地方時代から
凡庸のイメージが強かった政治家がなぜ毛沢東や鄧小平に並び称される「最高実力者」に上り詰め、2032年の共産党党大会まで君臨し続けるとみられているのだろうか。その最大の疑問に、未公開資料なども駆使しながら正面から迫った極めて説得力ある書である。
習近平(シージンピン)には、保守主義の官僚政治家、誇り高き軍人政治家、そして四半世紀に及ぶ地方政治の経験者という三つの顔がある。中でも著者が注目するのが、河北省―福建省―浙江省―上海市時代を通して培われた権力者への確かな歩みである。政治における思想工作の重要性、組織における統制力と法秩序の重視、党活動における規律厳守と反腐敗の徹底という習近平政治の核心的要素は地方時代に形づくられた。
政治的人脈形成も地方時代に着々と行われていた。胡錦濤(フージンタオ)後継を決定づけた2007年の中央政治局委員選挙(意向投票)で多数票を獲得したのも単なる僥倖(ぎょうこう)ではなかった。数年前から投票実施に関する情報を入手、周到に準備したとみられる。権力を掌握しようという習近平自身の主体的な意志と行動があったのだ。
習近平政治の特徴は、毛沢東が大衆運動を利用して官僚制への闘いを展開したのとは違い、官僚制を活用しながら腐敗など種々の逸脱の克服を目指すところにある。長期政権を樹立できたのは、強運と権力への断固たる意志とともに共産党、政府、軍の官僚機構を熟知し、巧みに操作できる能力の高さにあったのだ。
習近平は米国に代わって覇権国になることを目標に、民主化運動による体制転換を阻止し、領土拡大と海洋進出を積極的に進めるだろう。そして個人独裁化はますます強まるだろう。その際の最も注目すべきは、現在「核心」と呼ばれている尊称が「領袖(りょうしゅう)」に格上げされるか、さらに党主席制を復活し自ら就任するかにあるというのが著者の見立てだ。それを詳しく紹介できないのがもどかしい良書である。(東京大学出版会、7700円)