「愚かな質問」に思えても臆せず口にすることが必要な理由 「問い」を持たなかったことで生まれた悲劇

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世界最高の質問術

『世界最高の質問術』

著者
マイケル・J・マーコード [著]/ボブ・ティード [著]/黒輪 篤嗣 [訳]
出版社
新潮社
ジャンル
社会科学/社会科学総記
ISBN
9784105074517
発売日
2025/04/16
価格
2,640円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

「愚かな質問」に思えても臆せず口にすることが必要な理由 「問い」を持たなかったことで生まれた悲劇

[レビュアー] 栗下直也(記者/批評家)


黙っていることのリスクとは?(写真はイメージ)

 変化の激しいビジネス環境において、沈黙や思い込みはリスクだ。状況を正しく捉え、相手の真意を引き出し、自分の立ち位置を見極める──その起点となるのが「質問」である。

 しかし多くの現場では、遠慮、忙しさ、あるいは過信から「問いかけること」が軽視され、結果としてチームの誤解、意思決定の遅れ、イノベーションの停滞といった問題を招いている。

 適切な質問は、単なるコミュニケーションの手段ではない。個人の成長を後押しし、チームの力を引き出し、組織を動かす原動力にもなる。そんな「問いの力」の本質に迫ったのが、『世界最高の質問術 一流のビジネスリーダー45人が実践する人を動かす「問いかけ」の極意』(新潮社)だ。著者は、30年以上にわたってリーダー育成に取り組み、世界のトップリーダーたちへのインタビューを重ねてきた人物。

 この本の魅力を、あえて「質問しないことのデメリット」という視点から読み解いたのが、書評家の栗下直也さんだ。

 ***

 いかに質問すべきか。この呪縛に苦しんでいる社会人は多いのではないだろうか。実際、私もそのひとりだった。大学を卒業して、何を血迷ったのか小さな新聞社に入ってしまい、経済記者として働くことになった。取材相手は忙しい経営者が大半だったので、「なぜ?」と聞きまくればいいものでもない。「こんな基本的なことは聞くべきではないかな……」。今ならば、あえて質問する意味もあると胸を張れるが、当時の私はそこまでの度胸も見識もなく、苦しんだ記憶がある。

 本書は、50人近い世界の名だたるリーダーへのインタビューから得た知見をまとめている。理論的な枠組みや抽象的な概念だけでなく、具体的なエピソードやケーススタディを豊富に盛り込みながら、「問い」の実践方法を示している。質問が何を生み出すのか、どのようにすればよい質問ができるのか、いつ質問すべきかが詳細に解説されている。第2部では、日常のミーティングやチームディスカッションで使える具体的な質問例が紹介され、ここを読むだけでも明日からでもすぐに仕事で活かせるはずだ。

「なんだ、よくある質問のマニュアル集か」と思われた方もいるだろうが、本書の特筆すべき点は「質問をしないこと」のデメリットについても詳述しているところにある。「なんとなく質問しにくい雰囲気で聞きづらい」「別に聞きたいこともない……」「理解できたから質問しなくても……。誰もがそうした経験はあるだろうが、こうした思考に潜む危険性やそうした思考をいかに打破すべきかについて説得力をもって示している。

 例えば「問い」を持たなかったことで生まれた悲劇として、本書は三つの歴史的事例を挙げている。一つ目は、1912年4月に起きた豪華客船タイタニック号の沈没だ。事故後の調査では、設計者や建造者の中に当初から船の安全性に懸念を抱いていた者が少なからずいたことがわかっている。では、なぜ誰も事前に声を上げなかったのか。恐ろしいことに誰もが、「つまらない質問をして愚か者と思われたくない」という思いから問いかけを恐れてしまったのだ。この沈黙が1,500人以上の命を奪う大惨事につながった。

 二つ目は、1986年1月に起きたスペースシャトル・チャレンジャー号爆発事故だ。実は事故のおよそ2年前、技術者たちは固体ロケットブースター接合部のシール部品であるOリングに問題(低温で信頼性が低下すること)を発見し、さらなる試験の必要性を訴えていた。実際の試験でも気温摂氏12度以下ではOリングの信頼性が著しく低下することが明らかになっていた。それにもかかわらず、打ち上げ当日の気温がマイナス3度の中、強行発射されてしまった。なぜか。誰もが一度決まった方針に疑問を呈することをはばかってしまったのだ。当日の打ち上げ判断会議では、テーブルに着くまでは懸念を質問しようと思っていた人でさえ、いざ本番では沈黙してしまったのである。この沈黙が7人の宇宙飛行士の命を奪った。

 最後は、1961年に起きたピッグス湾事件だ。アメリカCIAと軍上層部は亡命キューバ人部隊を使ってキューバのカストロ政権を転覆させる秘密侵攻作戦を立案し、ケネディ大統領も側近との協議の末にこれを承認した。しかし結果は、上陸した約1,400人の部隊が壊滅する大失敗に終わった。ケネディ政権内部の意思決定過程では関係者全員が作戦に賛成して「いける」という満場一致の空気が醸成されていた。ただ、心の底から皆が賛同していたわけではなかった。誰もが雰囲気を壊すことを恐れ、反対意見や疑問を口にできないまま作戦が推進されてしまったのだ。「今さら異論を唱えれば愚か者扱いされるかもしれない」と考え、大統領に誰も質問も進言もせず、致命的な事態を招いてしまった。

 これら三つの悲劇は「問い」が発せられていれば、歴史は違った展開を迎えたかもしれない。決断の場では「愚かな質問」に思えても臆せず問い質すこと、空気を読まずにあえて異議を唱えることが重要なのだ。

 リスク管理が過剰と思われるくらいに求められる現代企業社会においては、質問力は攻めだけでなく守りにも欠かせない武器になる。ビジネスパーソンが陥りがちな「わかったつもり」「聞きづらい雰囲気」という罠を回避し、真の問題解決力を養うための必読書として、お勧めしたい。

新潮社
2025年4月21日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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