『天使も踏むを畏れるところ 上』
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『天使も踏むを畏れるところ 下』
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皇居「新宮殿」造営。世紀の難事業に挑む建築家、さらに戦後日本を描く
[レビュアー] 佐久間文子(文芸ジャーナリスト)
敗戦から十五年後に動き出した新宮殿=皇居完成までの壮大な物語である。
「開かれた皇室」を体現する国家の一大プロジェクトを、敗戦から東京オリンピックや大阪万博までの、大きな時代の流れの中に描き出す。基本設計を担当する建築家の村井、昭和天皇の侍従西尾、建設省から宮内庁に出向した技官の杉浦の視点から描き、さらにそこに、宮内庁の建設責任者の牧野や、美智子妃の相談相手になるよう頼まれる園芸家衣(きぬ)子(こ)の視点も加わる。
著者のデビュー作『火山のふもとで』の前日譚でもある。フランク・ロイド・ライトのもとで学び、日本の伝統建築にもくわしい村井は、新宮殿の設計に最適任だが、予算の制約や官僚の介入などさまざまな障壁が立ちはだかる。なかでも牧野は、内装や照明を勝手に決めるなどの専横なふるまいがめだち、牧野の部下で建築家である杉浦が板挟みになる。
建築というものに対する、著者のなみなみならぬ思い入れを感じさせる。言葉に頼らなくても建築家は自分の考える世界を現前させることができる。単に建物をつくるだけでなく、自然を受け止め与えられた環境の中で仕事をする醍醐味を著者は言葉だけでみごとに構築してみせ、その中に戦後の日本が入っている。
機能や動線によってかたちを決定していく村井の設計は個人の住宅でも公共建築物でも基本的な考えは揺るがず、牧野はそれを「華がない」と評する。
村井のモデルは吉村順三。文才があって、こと細かに日記をつけている西尾侍従は入江相政だろう。歴史を踏まえながら、この難事業にかかわった人たち一人ひとりの暮らしぶりや胸のうちを、丁寧に、思い切ったフィクションとして描いていく。
村井の友人である画家の山口は子どもを失って悲しむ。同じように、病気の娘を思い、悲しむ昭和天皇の姿が描かれていることも心に残った。