『刺青絵師 毛利清二』
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『昭和残侠伝』『極道の妻たち』……任侠映画を支えた「刺青絵師」の語り
[レビュアー] 渡邊十絲子(詩人)
まるで魔法のような刺青(※画像は『昭和残侠伝』DVD)
任侠映画を観るたびに、あの刺青はどういう手法で描かれているのだろうと不思議だった。役者は汗もかくだろうに、画面に映し出される刺青がみごとな色形を崩さないのは、どんな魔法なのか。この本では、その秘密がかなり大胆に明かされている。東映の任侠映画を支えた「刺青絵師」の語りである。
やはり、刺青部分を直し直し撮影するとたいへんな時間がかかるため、刺青が崩れていくことも計算に入れて撮影の順序を決めるそうだ。とはいえ、肌が荒れないように調合した油性絵の具は、こすったりしなければ三日間ぐらいはもつという。役者ごとに絵の具の調合が違うのは人によって肌の色が違うからで、名前を書いた絵の具ボトルをキープした。完全オーダーメイドだ。本物の刺青に見える質感に仕上げるのが職人の自慢である。役者の中には、撮影終了後、刺青を落とさずにそのまま帰る人もいる。気持ちはわかる。
異なる個性をもつふたりの著者がそれぞれの強みを活かしながら高齢の職人の語りを引き出していき、読者の目の前には刺青絵師・毛利清二の人生が展開する。高倉健、藤(富司)純子、美空ひばり、若山富三郎、鶴田浩二ら役者陣との思い出話はもちろん興味深いが、その一方で知られざるライフヒストリーにも光を当てていることがこの本の特色だ。俳優組合の書記長をつとめたこともあるし、太秦映画村でのサラリーマン的な仕事と絵師としての職人仕事を両立させていた時代もある。それらの描写があってこそ、ひとりの刺青絵師の人物像が立体的に浮かび上がってくる。
映画は夢の世界。スクリーンに投影される夢こそが映画の本体であって、それを作るための苦労や工夫は隠しておくのがよいという美学もある。だからここには、誰にも知られず消えていくさだめだったことが記されているのだ。貴重な証言が残されてよかった。