『ボヴァリー夫人』
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世界10大小説に数えられる名作 映画版4作を比べてみたら……
[レビュアー] 吉川美代子(アナウンサー・京都産業大学客員教授)
フランス近代文学の名作『ボヴァリー夫人』。人妻が不倫と借金を重ねた挙句に自殺するという内容のため、作者は「道徳と宗教への侮辱」の罪で裁判にかけられた。1857年のことである。結局無罪となり、本は売れに売れた。およそ100年後、サマセット・モームはこの小説を「世界10大小説」の一つに選んだ。
19世紀半ばのフランスの田舎町。農家の美しい一人娘エンマ(訳によってはエマとしている)は年上の医者シャルル・ボヴァリーと結婚するが、凡庸な夫との生活は夢見ていたようなロマンチックなものとはほど遠く、陶酔も情熱もなかった。彼女は商人ルルーから贅沢品を買うことで結婚生活に対する幻滅を紛らわすようになる。そして、金持ちの独身ロドルフとの不倫に走り、彼が去った後は公証人書記の若者レオンとの不倫に溺れる。だが、ルルーに手形を連発した結果、期限までに金を払えず財産差押さえとなってしまう。進退窮まった彼女はヒ素を飲んで、苦悶の中で息絶える。
大正時代から数えきれないほど翻訳されてきたが、芳川泰久氏の訳は原文の魅力を見事に再現した。
映画化も多い。フランスの巨匠ジャン・ルノワール監督による’33年の作品は、興行のため短く編集されてしまったものの、トーキー初期の風格ある傑作映画だ。
’49年にはハリウッドで映画化。主演のジェニファー・ジョーンズが輝くように美しく、情念のこもった演技に引き込まれる。侯爵邸の舞踏会に招待されたボヴァリー夫妻。夫を無視して豪華なドレス姿で貴族と延々と踊り続ける夫人の愉悦と高揚感に満ちた表情が強い印象を残す。
’91年のフランス映画はイザベル・ユペール主演。結婚前のエンマは白馬の騎士に憧れる乙女なのだが、ユペールは腹に一物ある感じ。彼女の目が無表情で、ジョーンズの演技とは対照的。服毒して苦しみ死んでいく場面はユペールらしい狂気が漂うが、原作を可もなく不可もなく映像化した印象。
ミア・ワシコウスカ主演の2014年の映画。若いボヴァリー夫人の欲求不満や焦燥が伝わってくる。原作の芸術性を期待しなければ、意外と面白い。