『宮沢賢治全集 7』
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先生もうたくさんです。~ご生ですからやめてください
[レビュアー] 梯久美子(ノンフィクション作家)
様々なチェリストが触発された「印度の虎狩」(※画像はイメージ)
名著には、印象的な一節がある。
そんな一節をテーマにあわせて書評家が紹介する『週刊新潮』の名物連載、「読書会の付箋(ふせん)」。
今回のテーマは「楽団」です。選ばれた名著は…?
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宮沢賢治の「セロ弾きのゴーシュ」の主人公ゴーシュが所属する楽団は、活動写真館で演奏している。あるとき町の音楽会に出ることになるが、セロ(=チェロ)を担当するゴーシュは下手くそで、楽長に叱られてばかりいた。
ゴーシュが夜遅くに家で練習していると、大きな三毛猫がやって来て言った。
〈シューマンのトロメライをひいてごらんなさい。きいてあげますから〉
生意気な言い草に腹を立てたゴーシュは、自分に耳栓をしてから〈嵐のやうな勢〉で「印度の虎狩」という曲を弾く。すると猫はぱっと飛びのいて扉に体をぶつけ、眼や額、口ひげや鼻から火花を出す。そして〈先生もうたくさんです。たくさんですよ。ご生ですからやめてください〉と懇願するのだ。かまわず弾き続けると、今度は風車のようにぐるぐるとゴーシュのまわりを回りだす。絵本や挿絵でしばしば描かれる、動きがあってユーモラスな場面だ。
子供の頃に読んで以来、この「印度の虎狩」を一度聴いてみたいと思っていた。どんなに激烈な曲なのだろう、と。だが今回、ちくま文庫の『宮沢賢治全集』を見てみたら、解説に〈おそらく現実にはない作者の創作であろう〉とある。がっかりしたが、一応検索したところ、何人かの音楽家がこの童話に触発されて「印度の虎狩」を作曲していることがわかった。そのうちの一曲を聴きながら猫の場面を読むと、ちょうどいいBGMになった。こんな読書もなかなか楽しい。