現役大学生によるデビュー作品集から、本読みも歴史好きも満足させる短編集まで……書評家・末國善己が推す8冊

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  • 美澄真白の正なる殺人
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ニューエンタメ書評

[レビュアー] 末國善己(文芸評論家)

新鋭・米原信による芸道小説、夜間中学を舞台にした高田郁の感動作、歴史における虚構と真実の境界に問いを投げかける奥泉光の作品集、そして最新研究と創作を融合させた歴史小説アンソロジーまで書評家・末國善己が選ぶ8冊!

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 2022年にオール讀物新人賞を史上最年少で受賞した現役大学生・米原信のデビュー作『かぶきもん』(文藝春秋)は、化政期の江戸歌舞伎を題材にした連作短編集である。仲違いしている三代目尾上菊五郎(音羽屋)と七代目市川團十郎(成田屋)が人気を二分していた1819年。助六を演じる團十郎に、菊五郎が成田屋のお家芸である助六で対抗する「牡丹菊喧嘩助六」は、名優対決が読ませる。「菅原伝授手習鑑」の寺子屋の段で難しい松王丸をやることになった團十郎が、菊五郎に勝つため型に従うかそれを破るかで悩む「ためつすがめつ」は、王道的な芸道小説である。怪談をやりたい立作者の四代目鶴屋南北が、夏芝居で季節外れの忠臣蔵をやりたいと菊五郎にいわれ二つを併せた新作を書く「連理松四谷怪談」は、上演までの苦労が丁寧に描かれていた。いずれも史実をベースに物語を作っていて、ラストには史実を短く記した作品もある。それが読者を驚かせる仕掛けになっており、短編らしい切れ味がある。芝居の出来不出来よりもいくら儲かるかを心配する金主、贔屓筋の動向、舞台を支える裏方などにも目を配り、従来とは違う角度で歌舞伎界を切り取ったところにも確かな手腕を感じた。

 第12回ハヤカワSFコンテストの大賞を受賞したカスガ『コミケへの聖歌』(早川書房)は、ポストアポカリプスSFだが、内容は旧時代のマンガが好きな少女たちの部活を描くほのぼの系というギャップが面白い。

 21世紀半ばに文明が崩壊し、野盗が跋扈する無秩序も落ち着いてきた時代。山奥のイリス沢では、集落を率いるナグモ屋敷の娘の比那子、旧時代の医療技術を受け継ぐ医者の娘・悠凪、小作の娘・茅、外から来たナガレ者の猟師の娘スズがマンガ好きで、マンガに出てくるような部活を始めマンガ同人誌を作っていた。だが、比那子が、旧時代に開かれたマンガの祝祭コミケに参加するため廃京(現在の東京)へ行くと宣言したことで、平穏な日常に亀裂が入っていく。コミケ遠征の賛成派と反対派の対立は、生まれた時に決まり克服が難しい格差、女性を性的に搾取する婚姻制度があるなど集落の暗部を浮かび上がらせるが、それが現代日本と重なるだけに優れた社会批評になっていた。複雑にからみあった因果の糸の先には、文明、文化を継承する難しさも置かれているが、このテーマも考えさせられる。

〈ビストロ三軒亭〉〈グルメ警部〉などのシリーズで知られる斎藤千輪の初の単行本『魔城の林檎』(講談社)は、美容ベンチャーを舞台にしたミステリである。

 親友の白里優姫に誘われ、特殊なリンゴの幹細胞を使った美容商品で急成長しているマルムに入社した神楽七星は、上京して渋谷の社員寮に入った。だが優姫は既に退社していて行方が分からず、七星が優姫のことを聞いても社員の口は重かった。寮で暮らす同僚の協力を得ながら優姫を捜す七星は、マルムの闇に気付いてしまう。

 マルムの女性社員は、名門の家に生まれエリートコースを歩んできた社長の桜井のお気に入りになろうと成績を競っていた。七星は、桜井が女性を意のままに操るためのグルーミングを行っていると気付くが、協力してくれている同僚も桜井に手なずけられたスパイである疑惑が捨て切れないなど、敵と味方、有利と不利が目まぐるしく変わるだけに、先が読めないスリリングな展開に引き込まれた。終盤の伏線回収の妙は、特殊設定ミステリとしても楽しめる。物語が進むと、個人、企業、社会、国の政策まで、女性を抑圧するシステムが日本中にはびこっている現実が指摘されるが、それを大上段に振りかざすのではなく、高いエンターテインメント性と融合させており、この手法がテーマを際立たせていた。

 シスターフッドを題材にした東崎惟子『美澄真白の正なる殺人』(新潮文庫nex)は、冒頭に事件を報じる新聞記事が置かれており、結果からどんなプロセスだったのかをたどる変則的なミステリになっている。ただ結果が分かっていても、ラストには衝撃を受けるはずだ。

 いじめられていた九歳の美澄真白は、小さな公園で一人の少女と出会い仲良くなる。少女に何かあったら助けると約束した真白は、クリスマスパーティーに招待されたが、約束の時間に少女は現れなかった。高校生になり父と同じ刑事になるため勉強と運動に励み、常に正しくあろうとしている真白は、あの時の少女・一ノ瀬紫音が同じ学年にいると知る。紫音には瓜二つの母・怜がいるが、家業の探偵を手伝い調査能力が高い同級生の柊木潤によると、怜は交通事故で死んでいるという。怜と紫音の関係や、紫音が直面している悲劇に気付いた真白は、約束通りに紫音を守ろうとするが、それが事態を悪化させ自身も窮地に追い込まれる。真白は正義を実行しようとするが、若く経験が乏しいこともあり手段を間違ってしまう。この展開が、正しい行動で相手を救い感謝されるハッピーエンドにするのがいかに難しいか、紫音のような子供を救うのがどれほど困難かを暗示していた。

 夜間中学を舞台にした高田郁『星の教室』(角川春樹事務所)は、著者が2001年に書いた漫画原作をベースにしている。漫画原作のために夜間中学を取材した時の経験はエッセイ集『晴れときどき涙雨』(ハルキ文庫)にあるので、併せて読むと本書がより深く理解できる。

 中学時代にいじめられ不登校になったさやかは、卒業証書の受け取りを拒んだ。2001年。二十歳も目前になり、バイト先のレンタルビデオ店で頼られる存在になっていたさやかは、客が探していた山田洋次監督の『学校』を切っ掛けに夜間中学を知る。履歴書に中学中退と書けないと悩んでいたさやかは、店長から隣町に夜間中学があると聞いて見に行き入学を決める。夜間中学には、戦争で勉強したくてもできなかった老人、日本人と結婚して来日したベトナム人の女性、資格を取るため中学を卒業したい若者など、年齢も境遇も違う同級生がいた。中学生活がトラウマだったさやかが、それぞれの目的のために真剣に学習に取り組む同級生たちの影響を受け前向きになっていく展開は、真の“学び”とは何かに気付かせてくれる。特に受験生、就活生には、本書を読んで“学び”が単なる知識の積み重ねではないと知って欲しい。

 真山仁『ロスト7』(KADOKAWA)は、インテリジェンス(諜報)の専門家・冴木治郎が活躍するシリーズの第二弾であり、フレデリック・フォーサイス『第四の核』へオマージュを捧げた国際謀略小説である。新潟県の原発の近くで不審な鞄が見つかり、放射能が検出された。それが旧ソ連製のスーツケースサイズの核爆弾“レベジの核”である可能性が浮上し、政府は元内閣情報調査室長の冴木を現場に派遣する。その矢先、首相官邸にロスト7なる謎の組織か人物から、二世議員で日本初の女性総理・高畠千陽を名指ししたらしき犯行声明が届き、1979年にビル爆破事件を起こし海外へ逃走していた反米アジア戦線の女が帰国し逮捕された。その後もレベジの核のパーツが次々と発見され、冴木はロスト7と反米アジア戦線を繋ぐ糸を見つけるが、犯人の目的は不明だった。スピーディーかつスリリングに進む物語は、原発を狙ったテロの危険性、ロシアのウクライナ侵攻以降は特に高まっている日本の核武装論といった現実の社会問題も取り込んでいるだけに、生々しく感じられた。戦後政治の総決算を迫るようなロスト7の要求は、これから日本がとるべき外交方針を考えるヒントを与えてくれるだろう。

 昨年、1100ページを超える超大作『虚史のリズム』で第66回毎日芸術賞を受賞した奥泉光の新作『虚傳集』(講談社)は、架空の本(偽書)を使って歴史を描く短編集である。日本の文学作品には、長崎耶蘇会出版の『れげんだ・おうれあ』をベースにしたとする芥川龍之介「奉教人の死」「きりしとほろ上人伝」、『鵙屋春琴伝』を引用しながら進む谷崎潤一郎『春琴抄』など偽書によって物語を紡ぐ作品があり、本書もこの系譜に属している。卑怯な手を使ってでも勝つよう教えた道場の歴史を追う「清心館小伝」は、人を「ブンナグル練磨」から「悟りをひらく道具」に転じた日本の剣術を小林秀雄になぞらえた坂口安吾のエッセイ『教祖の文学』を想起してしまった。明治の民衆が仏像を彫る運慶を見る夏目漱石『夢十夜』の第六夜の批評から始まる「寶井俊慶」は、架空の仏師の評伝が、再び漱石に着地する仕掛けと遊び心が鮮やか。豪農の家に生まれた菅原香帆と旗本の家臣の養子になった高田諒四郎──将棋好きの二人を軸に幕末維新史を切り取った「桂跳ね」は、史実と矛盾なく虚構を織り込む手法に圧倒され、将棋小説としても出色である。著者は、偽書を使ってありそうな歴史を描いたが、書き手の主観や事実誤認が含まれる史料にも虚構性があり、現代人の多くは物語として歴史を把握している。ならば、歴史と虚構の境界線はどこにあるのか。本書は、それを問い掛けているのである。

 10人の作家が新説を使って戦国時代の静岡県を舞台にした作品で競演したのが、『アンソロジーしずおか 戦国の新説』(静岡新聞社)である。近年は男性説も出てきている井伊直虎が男性か、女性かに迫る谷津矢車「我が君、次郎直虎」、幼い家康が人質に出されたのは織田家か、今川家かが、家康が銭五百貫で売られた話の真偽に繋がる木下昌輝「家康、買いませんか」、前田利家の弟ながら知られていない佐脇藤八を主人公に、今までにない三方ヶ原の戦いを描く簑輪諒「赤母衣」、商人たちが造った駿府の町の歴史を追った永井紗耶子「天下人の町」などの収録作は、小説と新説の解説がセットになり、歴史学者・平山優の詳細な解説も付いている。歴史学と歴史小説の最先端を同時に読める構成なので、どちらが好きでも満足できるはずだ。

角川春樹事務所 ランティエ
2025年5月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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