「警察が言えないことを代弁した」作家・今野敏が挑発的な発言をした安積班シリーズ最新作の執筆秘話
インタビュー
『天狼 東京湾臨海署安積班』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
今野敏の世界
[文] 角川春樹事務所
今野敏
1978年に作家デビューを果たして以来、数々の警察小説を世に送り出してきた今野敏さん。
「隠蔽捜査」「警視庁強行犯係・樋口顕」「横浜みなとみらい署」シリーズなど、多彩な作品のなかでも、長く書き継がれてきた“ライフワーク”といえるシリーズがある。それが、「安積班」シリーズだ。
舞台は、お台場を中心とした東京湾岸エリア。警視庁東京湾臨海警察署の刑事課強行犯係に所属する安積剛志をはじめとした刑事たちが、事件と真摯に向き合う日々を描いてきた。
最新作『天狼 東京湾臨海署安積班』では、まるで警察を挑発するかのように発生する連続傷害事件に、安積たちが真っ向から立ち向かう。そこに描かれるのは、職務を越えて警察官としての誇りを賭けた戦いだ。
シリーズ屈指の緊張感と熱量に満ちたこの作品が、どのようにして生まれたのか? 長年キャラクターと向き合い続けてきた今野さんに、その舞台裏を聞いた。
◆沖縄の冬空に見た天狼星(シリウス)にインスパイアされ……
――安積班シリーズ最新刊のタイトルは『天狼』。読み終えた今、示唆に富んだ言葉だと感じていますが、どんなお考えからこのタイトルを付けられたのでしょうか。
今野敏(以下、今野) ランティエでこの連載が間もなく始まるという頃、沖縄に行ってました。飲み屋からの帰り道、夜空にものすごい明るい星が見えた。ああ、あれがシリウスかと。季節はちょうど冬で、ひと際輝いていましてね。それで決めたんです。
――シリウスを中国では「天狼星」と呼ぶことをこの作品を読んで知りました。これまでのシリーズでは季節や自然の情景を思わせる言葉が使われていますので、最初は路線変更されたのかと。
今野 角川春樹社長に「お前のタイトルは季語だな」と言われたことがありますよ(笑)。その言葉を意識してるわけじゃないけど、なんとなく、安積班シリーズはこの感じで行きたいという思いがあるんです。流れができたのは『花水木』からです。警察小説っぽくないと言われたけれど、これで行きたいと。それでここまで続いています。
――執筆の直前に決められたタイトルとのことですが、その段階で作品の構想はどの程度できていたのですか。
今野 曖昧ですよ。ぼんやりしたものでしたね。私のタイトルって二文字のものが多いんだけど、それは物語がどう転んでも大丈夫なようにっていう理由なの。
――曖昧に始まったとは思えない結実です。
今野 それは書いているうちに、気持ちが向くからじゃないですかね。タイトルと内容をどう繋げるかというのも、それほど意識しているわけではないんです。意識するとこじつけになってしまうんでね。一番いいのは、タイトルにインスパイアされる自分がいて、書いていると自然とその方向に気持ちが向く。そうなるのが理想的です。
――「天狼」にもインスパイアされたのでしょうか。
今野 されました。シリウスは太陽を除けば恒星の中で一番明るい星ですから、その力強さですね。あと、「天狼」という字面の強さ。だから、今回はハードボイルドにしようという考えになったと思います。
――その言葉通りに、安積班シリーズならではのハードボイルドを堪能しました。今回は相楽班や暴力犯係、地域課、さらには交機隊も交えて臨海署が一つになって事件に立ち向かっていきます。警察官の誇りをかけた戦いになっていますね。
今野 シリーズもだいぶ長くなりましたから毎回あの手この手を考えないといけないんですが、今回はハードボイルドなので臨海署が喧嘩を売られる話にしようかと。
――そして、その喧嘩を買う。あの安積も「売られた喧嘩は買います。でなければ、警察が舐められます」と言ってます。
今野 言っちゃってますね。安積のセリフもわざとハードボイルドにしています。喧嘩のやり方ってこうなんだよっていう話なので、文体もそうだし、余計なことも一切書いていない。いつも以上に。それもハードボイルド路線を意識した結果かもしれません。