家族という心の檻から出る 中西智佐乃(ちさの)『長くなった夜を、』を高頭佐和子さんが読む

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長くなった夜を、

『長くなった夜を、』

著者
中西 智佐乃 [著]
出版社
集英社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784087718966
発売日
2025/04/04
価格
1,650円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

家族という心の檻から出る

[レビュアー] 高頭佐和子(書店員。本屋大賞実行委員)

「逃げればいい」と、主人公に対して何度も言いたくなった。だが、力を奪われて動けないのだ。息ができなくなっていることに、気がつけないのだ。かき消されてしまうような小さい悲鳴を、著者は耳をすまして聞き取るように、丁寧に書く。読んでいると、その苦しみが痛いほどに伝わってきて、私は言葉を失う。

 コールセンターで働く派遣社員の環(たまき)は、高校教師の両親と暮らしている。妹・由梨(ゆり)は、親の反対に逆らって結婚し、息子の公彦(きみひこ)を産んだが、離婚して実家に戻ってきた。顧客に怒鳴られ続ける日々の中、甥の存在は救いだったが、由梨と一緒に家を出ていった。

 奔放な妹と違い、環は親の言う通りに生きてきた。三十代半ばを過ぎた今も、給料は両親に渡し小遣いをもらっている。子どもの頃、従わないと父は環を無視し、そこにいないかのように踏みつけられた。同級生たちのように遊びや旅行にいくことも許されなかった。父の言いつけは、母を通じて伝えられるので逃げ場はない。言われるままに幼稚園教諭になったが、うまくやれず病気になった。

 妹は、公彦を置いて夜に男の人と会っている。母は、結婚も出産もせず、幼稚園教諭に戻ることもしない環を責め、妹のようにデキ婚でもすればよかったのだという。言う通りに生きてきたのに認めてもらえず、自分がどうしたいのかもわからず、心身は綻びていく。父の言葉がきっかけとなって、環はある行動を起こしてしまう。

 環が幼い頃から、母が言うことを聞かせようとする時にするという「頑張るの顔」が印象的だ。目を見開いて唇を横に伸ばすその表情は、体を押さえつけられる痛みの記憶とともに、大人になった環の心も縛っている。誰かに心配された時には、環自身も「頑張るの顔」をしてみせてしまうのだ。

 家族は、安らげる居場所であるはずだが、心を閉じ込める檻にもなるものだ。固く閉められた鍵を開けてそこから出ていくことが、環にできるだろうか。少しずつ光が射してくるラストに、希望が見えている。

高頭佐和子
たかとう・さわこ●書店員

青春と読書
2025年5月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

集英社

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