『強制送還の国際社会学』
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『強制送還の国際社会学』飯尾真貴子著
[レビュアー] 佐橋亮(国際政治学者・東京大教授)
無登録移民 怯える暮らし
アメリカに豊かな生活があるとすれば、それを支えている労働力の実に多くは正式な滞在許可を持たない「無登録移民」である。アメリカンチェリーを摘み取り、工事現場で汗を流す。誰の目から見ても社会を支えている。その数は1100万人を超え、全米の約5%の世帯は無登録移民を家族として暮らす。
1990年代以降の歴代大統領は移民の厳格管理を打ち出し、無許可で国境を越える人々の犯罪者化を進めてきた。国境線で、時には収容服のまま放りだす。
メキシコに強制送還された人々は人間関係が密であるはずの農村で歓迎されない場合も多い。その背景に、トランスナショナルな、すなわち国境を越えて作用するモラル判断があるという。アメリカで成功しなかった、きっと悪いことをした、不在時に村の義務を果たさなかった。そうした責めが帰郷者を疎外する。アメリカと出身地で二重に排除される。
アメリカで多くの無登録移民はいつも怯(おび)えて暮らしている。「ここは私たちの国ではないのだから」と、大抵は善良な暮らし方を心がけている。だからこそ、送還される移民たちを蔑(さげす)む。
家族に会うため再び国境を越えるものも多い。それはますます危険な旅になっている。その一方で、あえてメキシコの集落に帰り、村の務めを果たす者もいる。家族が帰郷したときの保険だろう。介護のために戻らされる女性もいる。離散する家族のストーリーは実に多様だ。
本書は移民問題を国家の政策だけでなく、人間の目線で捉え直す。10年にわたるメキシコの農村や都市、カリフォルニアでの調査が生きている。「不法移民」という言葉で当事者に全ての責任を押しつけてしまう思考を打ち砕いてくれる。
仮説の検証とやり直しと、研究の息吹が伝わってくる文章には不思議な魅力がある。筆者の思いも伝わってきた。
トランプ政権は彼らにさらに厳しい仕打ちをするだろう。国境の狭(はざ)間(ま)で自由がないままの人々をさらに追い込む。自らの理念も日々の生活の担い手も顧みずに。(名古屋大学出版会、7480円)