『熊はどこにいるの』
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【聞きたい。】木村紅美さん 『熊はどこにいるの』 生きづらさを複眼的に描く
[文] 産経新聞社
木村紅美さん
物語は、推定4~5歳の身元不明の男児がショッピングモールで保護されたというニュースから始まる。男児は赤ん坊のときに拾われ、人知れず育てられていた。暴力や生活苦から逃れた女たちが下界と隔絶された山奥で共同生活を送る「丘のうえの家」で。
「家」内外で生きる女たちの視点が入り交じり、それぞれの人生が完全に重なることはないまま交錯していく。
女性の生きづらさを描いた。念頭に置いていたのは英作家、バージニア・ウルフの「交響曲のような小説」だ。
「ウルフの小説は、男と女だけでなく、女同士でも全然考え方が違うといった登場人物のすれ違いぶりがすごく面白い。複数の人物の思考が入り組んだり、話の時系列がねじくれていたりと、今回は一番難しい構想に挑戦した」
幼少期に叔父から性的虐待を受けたリツは、極度の男嫌い。妹分のアイが拾ってユキと名付けた男児との暮らしを次第に受け入れていく。一方で、「家」に住みながら男の影を匂わせるアイに対して、嫉妬の交じったいらだちを隠せない。ユキは自らの意思で家を出て保護され、リツとアイは互いに腹を割れないまま共同生活は終わりを迎える。
執筆のきっかけは、おいの子育てだ。令和2年に東京から岩手に生活の拠点を移し、妹の育児を3年ほど支えた。もともと子供を産む願望はなかったが、「赤ちゃんはこんなにかわいい、面白い生き物なんだな」という気持ちが自分の中に芽生えたことに驚きを感じたという。
「添い寝をしていて明け方にふと目が覚めると、向こうももぞもぞしている。『おはよう』と声をかけたら、こんな笑顔を向けられるのは人生で初めて、というくらいのまばゆい笑顔。それが毎朝なのでびっくりしちゃった」
自然のサイクルに組み込まれた「家」での生活は、岩手出身の詩人、宮沢賢治が考えた理想郷「イーハトーブ」の雰囲気を重ね合わせた。
「賢治が理想郷として小説に書いた当時の岩手も実際はひどい飢えに苦しんでいた。ファンタジーの要素を持ち込むことで、人間の生々しい現実のつらさを書いてみたかった」(河出書房新社・1980円)
村嶋和樹
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【プロフィル】木村紅美
きむら・くみ 小説家。昭和51年生まれ。平成18年に「風化する女」で文学界新人賞を受賞しデビュー。令和4年に『あなたに安全な人』でBunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞。