「語り手の正体が意外ではないことがむしろ美点」犬怪寅日子の小説『羊式型人間模擬機』

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羊式型人間模擬機

『羊式型人間模擬機』

著者
犬怪 寅日子 [著]
出版社
早川書房
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784152103949
発売日
2025/01/22
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

[本の森 SF・ファンタジー]『羊式型人間模擬機』犬怪寅日子

[レビュアー] 北村浩子(フリーアナウンサー・ライター)

 俳優の市川実日子さんに似た女子が横顔で向かい合っている表紙カバーイラスト。可愛い。2人の間にあるのは真正面から見た羊、その下には2本のナイフ。『羊式型人間模擬機』(早川書房)というタイトルに著者の名前は犬怪寅日子……羊に犬に寅! どんな内容なの? と想像を掻き立てられる。第12回ハヤカワSFコンテストの大賞に輝いた中編だ。

〈きょうのあさ、だから今朝、大旦那様が御羊になられた〉という一文から物語は始まる。語り手はあるお屋敷の家事一切を任されている「わたくし」。十一歳の年頃の体をしており、性別は不明。「わたくし」は「大旦那様」が予兆もなく「御羊」になったことを「大旦那様」の4人の孫に伝える。彼らはこれからある儀式が控えていることを知っている。「御羊」の肉を食べるのだ。

 一族で「御羊」になるのは男性だけだが、その理由は書かれていない。なぜ肉を食べる習わしがあるのかも分からない。ただ、長く生きている「わたくし」は代々の歴史を記録しており、先祖たちをすべて知っている。彼らのことを時折フラッシュバックのように思い出す。しかしそれは「わたくし」にとって「エラー」だ。目の前の事象に冷静に対峙するのが「わたくし」の義務だから。

 第一章では、そんな「わたくし」の目から見た兄弟姉妹4人の個性と成長してきた時間が描かれる。「なにゆえ男児でないのか」と言われ、初潮が始まるまで少年としてふるまってきた長女の日野、常に〈見る者の望む姿〉に変貌する長男の大輝、病弱だが誰よりも優しい次男の冬弥、陰茎を持つ次女の桃子。「御羊」の肉を初めて食べる4人のケアをしながら「わたくし」は生きたままの「御羊」を捌く準備を始める。そう、それは「わたくし」が長年──途方もなく長く──担ってきた重要な任務なのだった。

 後半、「わたくし」が「御羊」を解体するのを見守るのは冬弥だ。彼は言う。「ちゃんと見ておかなきゃいけないと思ったんだ。どんなことが続いてきたのか、ぼくはなにも知らないから。君がどんな風にこの家を守ってきてくれたのか」。その言葉に宿る彼らの性が、「わたくし」が背負って来た哀しみを映し出す。改行なしで綴られる解体場面はさながら職人の手つきを描写したかのように具体的で、内臓からたちのぼる湯気の生温かさが眼前に迫ってくる。

 この作品を「ある一族のクロニクル」とか「人と、人でない者の物語」とまとめることもできなくはない。けれどそうしてしまうと、どのページからも匂い立つ禍々しさとフラジャイルな美しさがどうにも漏れてしまう気がする。最終盤で明かされる「わたくし」の正体はおそらく読者が予想したものと同じだろう。意外ではないことがむしろこの小説の美点だと感じる。

新潮社 小説新潮
2025年4月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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