『ブレイクショットの軌跡』
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『高宮麻綾の引継書』
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[本の森 仕事・人生]『ブレイクショットの軌跡』逢坂冬馬/『高宮麻綾の引継書』城戸川りょう
[レビュアー] 吉田大助(ライター)
本屋大賞受賞のデビュー作『同志少女よ、敵を撃て』、第二作『歌われなかった海賊へ』ではともに第二次大戦下の海外を舞台にし、戦争のリアルを描き出した逢坂冬馬。第三作『ブレイクショットの軌跡』(早川書房)では、現代社会のリアルを描いた。
プロローグに登場するのは、静岡の工場で寮生活を送りながら働く二八歳の自動車期間工・本田昴。給料体系が独特だ。月給とは別に三ヶ月ごとに「満了金」が支払われ、二年一一ヶ月の雇用期間を完走すれば大金が手元に残る。二年一一ヶ月に及んだ雇用期間の最終日に携わることになったのは、「ブレイクショット」というSUVのボルトを締める作業。ところが、同僚がボルトを車内に落としてしまう場面を目撃する。誰にも告げなければ、自分も同僚たちもこのまま仕事から放免されるのだが――。続く一章の視点人物は、品川にオフィスビル一棟を借り上げている新興ファンドの役員でマネーゲームに興じる霧山冬至、二章は川崎の工務店に勤め善良さが取り柄である後藤友彦……。二章おきに、元は日本製のテクニカル(市販車を改造した軍用車両)を乗り回す中央アフリカ共和国の少年兵・エルヴェの物語が挿入されていく。各話の主人公たちの財布の中身を提示することで、それぞれの人生の臨場感を高める筆致が素晴らしい。
自分が所属する小集団に迷惑をかけず、小集団の利益のためにすべきは何か。自分の意見を飲み込んで黙ることだ。各章の登場人物たちが遭遇するのは、自身の内外にこだまする「黙れ」の声だ。黙ることは、積極的な加害ではないが、他の集団や個人に被害を与え、のちに大きな影響を及ぼすことになるかもしれない。こうした被害と加害のグラデーション、時間的にも空間的にもかけ離れた人と人との繋がりは、戦争を題材にした著者の前二作とシンクロしている。前二作と本作は、見かけほどかけ離れてはいないのかもしれない。
松本清張賞最終候補作がデビュー作となった、城戸川りょう『高宮麻綾の引継書』(文藝春秋)の主人公は、「黙れ」の声をとことんはね付ける人だ。食品原料の専門商社に勤める高宮麻綾は入社三年目の営業職ながら、親会社が主催するビジネスコンテストで優勝した。新規事業を立ち上げるはずだったが、親会社から白紙にすると伝達される。過去に「事故死を起こした事業と同じ危険性を有している」からと言われ……。主人公の行動原理は、「ムカつく奴はぶっ倒す」。なんとしても新規事業を実現すべく、過去に起きた事件の真相を探りつつ、社内外で謀略を張り巡らせる。乱暴極まりない言動の数々は賛否両論必至だろうが、右往左往の過程で彼女が「引き継がれてきた」ものの存在に思いを巡らせる展開は説得力があった。それは――働くことが、誰かの役に立つということ。続編も期待したい。