『追跡 公安捜査』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
<書評>『追跡 公安捜査』遠藤浩二 著
[レビュアー] 澤康臣(ジャーナリスト/早稲田大学教授)
◆捜査の醜悪な真相 記者が暴く
警視庁公安部が機械メーカー「大川原化工機」の社長ら3人を逮捕した。軍事転用できる機械の不正輸出容疑だという。だが初公判直前、起訴が取り消される異例の事態が起きた。背景を取材した著者は醜悪な真相を知る。もともと犯罪の実態がない空中楼閣のような捜査。ある捜査員は「決定権を持っている人の欲」、つまり実績を上げる私利私欲が摘発の目的だと話し、別の捜査員は「まあ、捏造(ねつぞう)ですね」と言い切る。
警視庁公安部は不正と闘おうとして挫折したのではなく不正を遂行しようとして失敗したのであり、その最悪の共犯者は強制捜査や身柄拘束の令状をただ出し続けた裁判所-戦慄(せんりつ)の構図をこの本は突きつける。フィクションでなく、警察内部の情報提供者たちや法廷の公開証言により裏付けられた事実として。
著者は大阪で事件取材の修羅場をたっぷり経験した腕利きの記者だ。守秘義務に縛られた捜査員から話を聞くための手だてを動員する。自宅を割り出して深夜早朝に訪ね、冷たい無視やきつい拒絶に耐え、やがて「話してもいい」という人とつながり、情報源を築く。事情を知る民間人とも接触を試み、時に罵倒されながら協力を求める。次第に真実が浮かび上がる。そんな現場を、この本は淡々と描く。
少なくない事件記者にこうしたスキルはある。だがそれを捜査権力の腐敗を探るため使う者はあまりに少なく、評者もまた自らの記者生活を省みてうつむかざるを得ない。
日本のメディアは今、公開法廷で公然と証言した捜査員の実名さえ明確な理由もなく隠しがちである。本書は、完全とは言えずとも、多くの国のジャーナリズムが当然行うように捜査関係者も民間の人々もなるべく実名を明記している。実名表記を制裁視する誤解を退け、市民の検証を可能にする「歴史の第一稿」を残す報道の倫理を守る。
「記者はファイターだ」。評者の記者時代の任地ニューヨークで、友人の米国人記者はそう説いた。この本の著者は、真のファイターである。
(毎日新聞出版・1870円)
1982年生まれ。毎日新聞記者。大阪社会部など経て東京社会部。
◆もう1冊
『自衛隊の闇組織 秘密情報部隊「別班」の正体』石井暁(ぎょう)著(講談社現代新書)