【GWおすすめ本5選】戦時下の山の手空襲で焼け落ちた「皇居の宮殿」を新造営した人々の“プロジェクトX”に圧倒される
レビュー
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川本三郎「私が選んだBEST5」GWお薦めガイド
[レビュアー] 川本三郎(評論家)
2019年に即位礼正殿の儀が行われた現在の宮殿・正殿松の間(※官邸HPより)
精魂のこもった大変な力作。圧倒される。
松家仁之の『天使も踏むを畏れるところ』。戦時下、山の手空襲によって皇居内にあった宮殿が焼け落ちた。
戦争が終って十五年。新しい宮殿が造営されることになる。その過程が詳細綿密に描かれてゆく。一種のプロジェクトX。
設計者である建築家から宮内庁の役人までさまざまな人間が登場する。大河小説であり群像劇でもある。
第一作『火山のふもとで』も建築家を描いていたが、著者の建築への愛情がスケールの大きい本書の土台をみごとに支えている。
完成間近かでの建築家と宮内庁の役人との確執には思わず建築家に声援を送りたくなる。
後藤正治『文品 藤沢周平への旅』も篤実な時代小説作家への著者の愛情があふれている。
業界新聞社に勤務時代、妻を若くして癌で失くし失意のなか小説に打ち込む悲愴な姿にこそこの作家の原点がある。
随所で作品が詳しく紹介される。気づいたことがある。この苦労人の作家は恋愛小説の名手でもあったと。
『橋ものがたり』の第一話「約束」、『海鳴り』そして『蝉しぐれ』など切ない恋愛物語ではないか。
井上ひさしは子どもの頃から映画好きだった。大変な映画少年だった。
植田紗加栄『井上ひさし外伝 映画の夢を追って』は映画少年という一点に絞ってこの多才な作家を論じている。新鮮。
山形県での中学生時代、三年間に六百本も映画を見たというから驚く。
高校生のとき、作家修業のために映画を見たいから午後の授業に出なくてもいいかと先生に申し出た。答はよし。先生も愉快。
芸術映画だけではなく美空ひばりの映画、ミュージカル、西部劇もきちんと見ている。映画から学んだことがのちに劇に生かされているという指摘に納得。
平川克美『マル』は一九五〇年代、東京の蒲田に生まれ育った著者の自伝的小説。懐しい昭和がいっぱい。
蒲田は京浜工業地帯の一画で、著者の父親も機械を扱う町工場を経営していた。
東京の下町を舞台にした回想記は多いが、蒲田の町工場が舞台なのは珍しい。
工場には機械が多いからしばしば作業中に指を切ってしまうことがある。若い工員が指を切るのは珍しいことではない。「俺」の父親も三度指を落している。
青春は友情の季節。機械の多い町で育った子どもたちの友情の物語でもある。
多くの町がチェーン店だらけの均質な町になってゆくなかで東京の谷根千(谷中、根津、千駄木)にはまだ個人商店が健在。
森まゆみ『谷根千、ずーっとある店』はこの地で育った著者が、いまも続く貴重な個人商店の店主にインタヴューした谷根千グラフィティ。
その数六十六軒。地に足のついた著者ならではの丹念な仕事だろう。