【GWおすすめ本5選】前半はハリポタ風だけど後半は壮絶なドラマに…大森望が「今年のベストワン最有力」という翻訳SF/ファンタジー
レビュー
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大森望「私が選んだBEST5」GWお薦めガイド
[レビュアー] 大森望(翻訳家・評論家)
R・F・クァンの超大作『バベル オックスフォード翻訳家革命秘史』は、今年の翻訳SF/ファンタジーのベストワン最有力候補。ハードカバー上下巻合計800ページ近い物量(と値段)はとんでもないが、並みの小説5冊分の満足感が得られることは保証する。
物語の背景は、大英帝国が銀工術(銀と言語を用いた魔術的テクノロジー)で世界に君臨するもうひとつの1830年代。二つの言語間で翻訳時に生じる意味のズレが原動力なので、銀工術を操るには卓越した言語能力が不可欠。主人公の少年は広東生まれの中国人孤児だが、オックスフォード大学にある王立翻訳研究所(通称バベル)の教授に才能を見込まれ、英国に渡る。特訓を経てバベルに入学した彼(英名ロビン・スウィフト)は、差別にさらされながら、同期の仲間とともに必死に勉学に励む。
……と、前半はハリポタ風の魔法学校もの。スローな立ち上がりだが、じっくり描かれる学園生活は、後半の壮絶なドラマの伏線。
卒業間際、貿易交渉の通訳という使命を帯びて清朝中国に赴いた彼らは、悪辣な大英帝国がアヘン貿易を口実に中国に侵略戦争を仕掛けようとしていることを知る。自分が母国を収奪する植民地主義の手駒にされていることに気づいたロビンの絶望的な選択とは?
アヘン戦争前後の史実のみならず、覇権主義国家が争う現代の世界情勢も視野に入れ、一気呵成に語られる骨太なドラマ。胸を打つ結末まで一気に読んでほしい。著者は1996年、広東省広州市生まれの米国人女性作家。テキサス州で育ち、ケンブリッジ大学とオックスフォード大学で二つの修士号を取得している。
対するジャミル・ジャン・コチャイは92年にパキスタンの難民キャンプで生まれ、カリフォルニア州で育ったアフガニスタン系米国人男性作家。その短編集『きみはメタルギアソリッドV:ファントムペインをプレイする』は、幻想と現実が入り混じる12編を収録する。表題作のモチーフは、小島秀夫率いるチームが開発して2015年に発売された世界的な人気ゲーム。80年代アフガニスタンが舞台の一つになるこのゲームをアフガニスタン系米国人少年がプレイするうち、ゲームと現実の境目が曖昧になってゆく。他にも恐ろしく個性的で実験的かつショッキングな作品群が揃う。
須藤古都離『ゾンビがいた季節』は、60年代後半のネバダ州を舞台に、恩田陸『ドミノ』の手法で映画『カメラを止めるな!』の面白さを小説的に再現する奇跡的なゾンビ群像コメディ。こんな難度の高い小説がよくもまあちゃんと完成したもんだと感動する。
松井玲奈『カット・イン/カット・アウト』は、人気劇団の新作公演に女中(2)役で起用された52歳の売れない実力派舞台女優、通称マル子さんが主人公。劇中劇のヒロイン役は子役出身の人気アイドルだが、厳しい稽古の過程でどんどん追いつめられてゆく。初日の幕が開いた時、対照的な二人の運命が一転する。芸能界の残酷なリアルを鮮やかに切りとった長編。
杉井光『世界でいちばん透きとおった物語2』は、「2023年もっとも売れた新潮文庫」となった前作のまさかの続編。おお、そう来たかという趣向(A・ホロヴィッツ風?)で実にうまく着地させている。