【GWおすすめ本5選】なぜ母親は5年間ずっと沈黙し続けたのか…死後明らかになった「真実」に驚愕・慟哭? いや、まだ甘い

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  • 灼熱の魂
  • 雫峠
  • 京屋の女房
  • 愛蔵版 武揚伝(上) 青雲
  • 夫・火坂雅志との約束

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縄田一男「私が選んだBEST5」GWお薦めガイド

[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)

 ワジディ・ムアワッド著、大林薫訳の『灼熱の魂』は、ミステリーとミッションクリアによる展開があり、すぐに引き込まれる劇作。沈黙により閉ざされた物語が時空を超えて始まるのだ。

 母親の死による遺言書の公開が公証人のオフィスで行なわれる。その内容は一風変わったもの。母親は、亡くなる五年程前から、ずっと沈黙を続けていた。それは何故。双子の姉と弟は、混乱の中、それぞれの人生を歩み始めている途上、各々の〈業火〉の中、模索し、自分たちの手で見つけ出すのだ――本当の〈真実〉を。驚愕? 慟哭? まだ甘い。

 神山藩が舞台の『高瀬庄左衛門御留書』に連なる砂原浩太朗の『雫峠』は、六篇から成る珠玉の短篇集。

「江戸紫」は、江戸家老対国元の側用人の政争に、“あくび大尽”と称される筆頭家老の息子が絡んで――ラストの爽やかさは満点。

「華の面」は、養子に入った少年藩主と、修業中の同い年の藩お抱え能楽者の交流を、それぞれの立場を思いやることで知る覚悟の物語。

 表題作の「雫峠」といい、封建時代を生きる侍の矜持、絆、生死を、書き過ぎることなく表現することで、心の揺れ、感情の襞を余所なく描破する。胸に沁み入る。

 江戸随一の戯作者のみならず浮世絵師とマルチに活躍した山東京伝と二人妻の、それぞれの愛情物語を、細やかに描いたのが梶よう子の『京屋の女房』だ。

 何から何までよく気の利く、若くして病死してしまった「できた前妻」菊の影が此処彼処にある〈京屋〉で、嫉妬しながらも、良き妻になろうと奮闘する後妻ゆりの姿がなんとも愛おしい。ラストの湯飲みには泣かされた。出版界の黎明期、「人をもっともっと酔わせる物を書いてほしい」と渇望する蔦屋重三郎たちが、〈文化の華〉と〈表現の自由〉のために闘ってくれたことに、心よりの感謝を。

 佐々木譲の代表作にして新田次郎文学賞受賞作、そして歴史文学の金字塔『武揚伝』が、愛蔵版として出版された。維新に文字通り全身全霊を賭した者の半生を、それに惚れ込んだ著者が史実を元に描き切った大作である。長い休みがある折に挑んで頂きたく、自身が解説を書いているのにも拘わらず、挙げさせてもらった。命懸けで闘った者たちの心の声を、聞いてもらいたい。

『夫・火坂雅志との約束 いつか、また逢う日のために』は、十年前に急逝した火坂の伴走者でもあった妻・中川洋子の、新潟日報紙に連載していた火坂との日々を綴ったエッセイに、火坂の単行本未収録作品集が入り見逃せない。

 私も火坂とのつきあいは長いつもりだったが、知り得ないことばかり。その一際純粋な魂に触れると、もう一度あの少年のような笑顔に逢いたいと心から思う。

新潮社 週刊新潮
2025年5月1・8日ゴールデンウイーク特大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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