『豊臣政権の統治構造』
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『豊臣政権の統治構造』谷徹也著
[レビュアー] 岡美穂子(歴史学者・東京大准教授)
明快論旨 朝鮮出兵にも頁
「豊臣政権」あるいは「秀吉政権」は、戦国時代を終息させ、統一政権として「検地」による全国的な土地把握と、「刀狩令」による農民の武装解除と身分固定など、以後の社会秩序基盤を制度的に整えた。また、「惣(そう)無(ぶ)事(じ)令(れい)」を通じて大名間の戦争を禁止し、中央集権的支配を強化した。秀吉の死後、政権は不安定化し、最終的に徳川家に取って代わられるが、その土地制度や身分秩序は江戸幕府にも継承され、近世社会の基盤となった。こうした漠然とした認識は広く共有されていても、その統治構造の実像を理解している人は少ない。むしろ秀吉は、信長の後継者として江戸幕府への中継ぎにすぎない、あるいは朝鮮に無益な戦争を仕掛けて遺恨を残した人物として、否定的に認識されているかもしれない。
著者は気鋭ながら、豊臣政権研究で堅固な成果を挙げてきたことで知られる。筆者も著者の出身大学である京都大学に縁があり、彼の先輩に当たる一世代上の日本史研究者たちと鴨川沿いで過ごした学生時代を懐かしみつつ、その約600頁(ページ)に及ぶ大著をめくり始めた。
学術書でありながら、まるで良質な講義を受けているかのように論旨は明快で、忽(たちま)ち引き込まれていく。先行研究とその問題点が丁寧に指摘された序章は必読である。著者の課題意識は、「豊臣政権」が秀吉の絶対権力、いわゆる「専制」であったのか、あるいは行政機構として一定の分権が見られるものか、さらには地方を支配する大名との関係性をいかに見るべきかを丁寧に明らかにすることである。そして、この時期の内政研究者が避けがちな「壬辰戦争(朝鮮出兵)」にも大きく頁を割いている点に目を奪われた。政治史研究者からは忌避されがちな対外戦争に踏み込むのは、この戦争の影響が物流や人流の支配といった内政にも強く反映されていることへの意識からであろう。対外戦争が内政の変革と相関するのは、言われてみれば当然のことであるが、タブーを恐れず双方に踏み込み、既存研究に新たな解釈や視点をもたらした点でも、極めて価値の高い研究であると言えよう。(名古屋大学出版会、8800円)