『リペアラー』
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『リペアラー』大沢在昌著
[レビュアー] 遠藤秀紀(解剖学者・東京大教授)
屋上に死体 40年の「秘密」
『緯度0大作戦』というSF映画がある。円谷英二特技監督の特撮が光る佳作。現実よりも進んだ社会や科学をもつ理想郷が、太平洋の海底に在るという空想劇である。高度な医療が不死の技術を確立したのか、主人公の潜水艦艦長の年齢は二百四歳。時間の壁を破ろうかというこの手のSF設定は、独特の魅力を生む。
本作の主題も、時間の壁だ。ただし、かの円谷英二の海底世界が明なら、こちらは暗か。1985年、都心六本木のビルの屋上で死体が見つかった。事件性がないとして処理され、誰もが忘れた案件となっている。だが、いまさらこの死体を探ってくれと依頼される主人公たち。イラストレーターとフリーライターの、前向きで楽観的な男女二人組が活躍する。
死体発見現場の建物の住人たち、不動産賃貸業者、都心の歓楽街で生きる人々、国の裏で暗躍する官僚、そして現れる年齢不詳の謎の男。この一連の描写だけでも、読者万人が惹(ひ)き込まれること、請け合いである。
『新宿鮫』シリーズで読者を圧倒してきた暴力、薬物、マフィアのリアリティは、いまの大沢在昌にとっては余力の一部に違いない。本作の狙いはその手の現実感ではない。代わりに、四十年を跨(また)いで登場人物たちが心の裡(うち)に抱える「秘密」が、物語を支える。
本作の時間の壁が浮き彫りにするのは、不都合な真実だ。誰にでも、人に知られたくない事柄との葛藤があろう。真実を隠したまま未来に送らなければならない人間の苦悩こそ、大沢在昌が描きたかった核心だろう。
実は、四十年という時間経過を、還暦前後の我々は得意中の得意とする。若者にとって四十年前の出来事は、いくら想像しても理解できないほど古いことらしい。だが、私には1985年の東京とくれば、いとも容易(たやす)く、甘酸っぱい青春の日に帰るのみである。お蔭(かげ)で、心地よい時間の旅が楽しめた。素敵な作だ。(KADOKAWA、2310円)