『投票の倫理学』ジェイソン・ブレナン著

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投票の倫理学 上

『投票の倫理学 上』

著者
ジェイソン・ブレナン [著]/玉手 慎太郎 [訳]/見崎 史拓 [訳]/柴田 龍人 [訳]/榊原 清玄 [訳]
出版社
勁草書房
ジャンル
社会科学/政治-含む国防軍事
ISBN
9784326351947
発売日
2025/01/27
価格
3,300円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

投票の倫理学 下

『投票の倫理学 下』

著者
ジェイソン・ブレナン [著]/玉手 慎太郎 [訳]/見崎 史拓 [訳]/柴田 龍人 [訳]/榊原 清玄 [訳]
出版社
勁草書房
ジャンル
社会科学/政治-含む国防軍事
ISBN
9784326351954
発売日
2025/01/27
価格
3,300円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『投票の倫理学』ジェイソン・ブレナン著

[レビュアー] 清水唯一朗(政治学者・慶応大教授)

権利と義務 選挙考える

 投票は市民の義務である。投票率の低下は問題あり、引き上げなければならない。私たちは当然のこととしてこう語ってきた。

 いや、投票は権利であるが義務ではない。悪いかたちで投票するくらいなら、投票を控える義務がある。政治哲学を専門とする著者はそう主張して、私たちの常識を激しく揺さぶってくる。

 よくわからない、責任を持てないのに票を投じてよいのかという思いもよく聞く。著者はこうした不安を批判せず、判断が難しいなら棄権してもよいと説く。その一票が選挙結果に持つ道具的な価値は大きくないのだからと。

 この主張に違和感や怒りを覚える方もあるだろう。私も戸惑った。だが、それは政治的イデオロギーに感情的にはまり込んでいるからだという著者の指摘に虚を突かれた。たしかに自分のなかに論理的ではない、感情的な思いはある。

 そう思いなおして読み進めると、市民としてあるべき責任、持つべき徳や倫理観、それらが社会にもたらす公共善がなぜ必要かが実に丁寧に解説されていく。同時に、投票を義務とすることがそれらを守り育てるために必然ではないことが論証されていく。

 選挙を、投票を特別視しすぎてきたのかもしれない。公共善は選挙によって突如現れるものではない。投票への向き合い方を含めて、私たちの日常のありようへの鋭い疑念を突き付けられた思いがした。

 棄権は、迷ったときに仲間の判断を尊重する方法だという。ただし、リベラルな社会と市民の自律性を守るためには他者の判断に訴えかけることが必要だと説く。原著が著されたのは二〇一一年、オバマ政権下である。それから一四年。世界の目まぐるしい変化に本書の言葉が響く。

 春が過ぎれば選挙の夏がやってくる。本書が棄権を認める一方で、投票について考える義務を強調していることを付言しておきたい。玉手慎太郎、見崎史拓、柴田龍人、榊原清玄訳。(勁草書房、上下各3300円)

読売新聞
2025年4月25日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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