『動物には何が見え、聞こえ、感じられるのか 人間には感知できない驚異の環世界』エド・ヨン著

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動物には何が見え、聞こえ、感じられるのか

『動物には何が見え、聞こえ、感じられるのか』

著者
エド ヨン [著]/久保 尚子 [訳]
出版社
柏書房
ジャンル
自然科学/生物学
ISBN
9784760156016
発売日
2025/02/26
価格
3,850円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『動物には何が見え、聞こえ、感じられるのか 人間には感知できない驚異の環世界』エド・ヨン著

[レビュアー] 奥野克巳(人類学者・立教大教授)

異なる世界 描き出す人間

 動物にはそれぞれ特有の知覚の世界がある。たとえ動物が人間と同じ感覚を持つとしても、動物が生きている世界は大きく異なっている可能性がある。人間にとって静寂であっても、動物には音が聞こえていることがある。また、人間が静止していると感じる状態でも、動物は周囲の振動を感じ取っていることがある。

 ダニにはダニの、犬には犬の「環世界」が存在する。この概念は二〇世紀初頭に動物学者ユクスキュルによって提唱されたものである。著者は動物たちの知覚する世界の解明に挑む研究者たちを精力的に取材し、現時点で分かっている動物の環世界を興奮とともに描き出している。

 息を吐いた際に匂い物質を一掃する人間に対し、犬は嗅ぎ回るたびに鼻(び)腔(くう)内に匂い物質を補充する。また、鼻孔の先端が外側に切れ込んでいるため、呼気が排出されても、その気流によって新たな匂い成分が鼻腔内に流れ込んでくる。敏感な嗅覚を持つ犬は、一卵性双生児を嗅ぎ分けることができ、五歩分の足跡を嗅いだだけで、その後の人の行動を見抜く。嗅ぐのではなく見るようにと飼い主が強制することで、人は自らの環世界を犬に押し付けてしまっているのかもしれない。

 動物界全体で痛みや不快感が同じであるわけではない。ハダカデバネズミは人間が痛みを感じる幾つかの侵害性物質に無反応であり、サハラギンアリは五三度の灼熱(しゃくねつ)の砂上でも餌を探し回る。十一対のピンク色の指のようなものが鼻孔を囲むホシバナモグラは、触覚に頼りながら鼻で幼虫を捕獲する。電気魚は自身が生み出す電場を駆使して周囲の様子を感知する。読者は、不思議さと驚嘆に満ちた動物たちの環世界に次々と引き込まれる。

 人間は紫外線を視認したり、反響定位を行ったりはできないが、動物たちが何を感知しているのかを粘り強く探究してきた。「他の環世界へ入り込む能力は、私たち人間がもつ最も偉大な感覚スキルである」という。動物の環世界が明らかになるにつれ、人間の視点だけでなく、より広い視野から動物との接し方を再考する必要が生じるであろう。久保尚子訳。(柏書房、3850円)

読売新聞
2025年4月25日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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