『ブリス・モンタージュ』
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『ブリス・モンタージュ』リン・マー著
[レビュアー] 大森静佳(歌人)
米国移民 魂の漂流感覚
現代アメリカを舞台に現実と幻想が予測不能に混ざりあう、粒ぞろいの魅惑的な短編集。作者は中国福建省出身、幼少期に家族とともにアメリカに移住した。デビュー二作目となる本作で二〇二二年の全米批評家協会賞を受賞。
冷静な筆致ながら、まずはストーリー設定がなかなかぶっ飛んでいる。たとえば「ロサンゼルス」の語り手「わたし」は自分に暴力を振るった男を含む総勢百人の元彼たちと豪邸で暮らし、ハンバーガーも美術館の入場券もすべて百一人分購入する。過去の手触りが希薄な都会ロサンゼルスにあって、この豪邸は「わたし」の過去を目に見える形で空間化した場所なのだろう。投資会社に勤める夫の台詞(せりふ)はなんと$記号(通常の声)と¢記号(ささやき声)で表記され、シュールな可笑(おか)しさの裏側に人と人とを薄い膜で隔てる現代の孤独が浮き彫りになる。
バーで出会った男性がじつは百七十四歳のイエティだった顛末(てんまつ)を描く「イエティの愛の交わし方」。「戻ること」では移民夫婦が夫の故郷である架空の旧共産主義国を訪れるが、夫は謎の儀式〈朝の祭り〉に参加するために姿をくらます。「オフィスアワー」ではタルコフスキーなどの映画を研究する主人公を元教授が研究室のクローゼットの奥の異界へ案内する。
収録された八編に通底するのは、衰退をはじめたアメリカへの冷徹なまなざし、そして居場所や故郷を失った魂の漂流感覚だろう。主人公はおもに若い女性かつアジア系の移民。つまり根強く周縁化された存在である。その視点から描かれる光景がしだいに現実からずれ、ふと異界へ反転する展開に緊迫した切実さがある。語り手の記憶のみならず、架空の小説や映画による物語世界の侵食。冒頭二編に登場する男性が「アダム」で、掉(とう)尾(び)を飾る一編の主人公は「イヴ」。おや?と思う仕掛けがあちこちに隠されていて、何度も読み返したくなる。各短編の終わり方もたまらなく不穏で美しい。藤井光訳。(白水社、3080円)