『養生する言葉』
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<書評>『養生する言葉』岩川ありさ 著
[レビュアー] 水上文(文筆家)
◆他者へのいたわりに満ちて
お守りのようにして、傍らにちょこんと置いておきたい本。
文学研究者である著者によるエッセイ集である本書は、そんな一冊だ。なかには大江健三郎やハン・ガン、津村記久子といった作家による小説について書かれた章もあれば、『ブルーロック』や『君と宇宙を歩くために』といった漫画について書かれた章もある。
様々(さまざま)な本から見出(みいだ)された「言葉」をつなぐのは、それらが「養生する言葉」であるということ。養生する言葉とは、自分をいたわり、生きていてもいいと背中を支えてくれる言葉だ。「私はいつも死にたかった」と語る著者が、生きづらさのなかで見つけた、養生する=生を養う言葉たちが、本書には詰め込まれている。
と同時に本書には、自分以外の他者もまた自らの生をいたわることのできる世界になるように、という著者の願いが至るところで滲(にじ)んでもいる。実際、養生する言葉を見出すことは、生を破壊するものに抗(あらが)うことだ。なぜなら、生を養うためには、外に出られる自由や安心して過ごせる家があること、医療や福祉が整っていて、余暇や余裕を持てることが必要だから。だから著者は言う、「私が養生するにはこの世界を養生していかなければならない」のだと。養生は、この世界といつも必ず繫(つな)がっている。
また著者は、自分を大切にして、自分が生きていることを確かめていくと、ほかの誰かが生きていることが光り輝いて見えるようになった、とも言っている。自分をいたわることは、他者をいたわること、他者のかけがえのなさに気づくことでもあるのだと。
そんな優しいいたわりに満ちた真摯(しんし)な著者の言葉に触れる読書体験は、それ自体が、自分自身の生を養うことに思えるものだ。本書のページをめくると、自分の中のトラウマと向き合い変化していく著者と共に、旅をしているような心地にもなる。それはこの上なく豊かで、素敵(すてき)な体験だ。きっとあなたに生きるヒントを与えてくれる、いつもちょこんと傍らに寄り添ってくれるだろう一冊である。
(講談社・1760円)
1980年生まれ。早稲田大教授・現代日本文学、フェミニズム。
◆もう1冊
『アラブ、祈りとしての文学【新装版】』岡真理著(みすず書房)