『謎ときエドガー・アラン・ポー』
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『謎ときエドガー・アラン・ポー 知られざる未解決殺人事件』竹内康浩著
[レビュアー] 宮部みゆき(作家)
真相 自ら見抜く楽しみ
エドガー・アラン・ポーの作品といえば、どんなタイトルを思いつきますか。私は「黒猫」「落とし穴と振り子」「アッシャー家の崩壊」「ウイリアム・ウイルソン」「赤き死の仮面」「大うずまき」「告げ口心臓」。おっと、これではサスペンスものや幻想小説ばかりだ。ポーと言ったら「論理を重んじて事件の謎を解く」推理小説の元祖であり、史上初の名探偵デュパンの生みの親なのだから、デュパンが颯(さっ)爽(そう)と登場する「モルグ街の殺人」から始まる本格謎解きものを真っ先に挙げるべきではないのか。はい、もちろんそうなのですが……。
実のところ、ポーの推理小説は数が少ない。傑作「盗まれた手紙」を文学史に刻むと、そのたった数ヵ月後に「犯人はお前だ」というデュパンものではない短編を発表して、その後はこのカテゴリの作品を書かなかったからである。
ポーは当時、「作家自身が元々解決する明確な意図を持って編み上げた謎を解いて見せたからといって、そのどこがすごいのだろうね?」と述べていたという。だから(作者の名代として読者のために謎解きをしてしまう)名探偵デュパンにも満足してはいなかった。「もつれたものをほぐすという精神的な活動」は、自分でやってみるのが一番楽しいのである、と。そんな思索のもとに、「犯人はお前だ」は著された。読者よ、自身の目で本当の謎を見つけ出せ。そして真相を見抜いてごらん。
著者によるこの短編の全文訳は、序章に載せられている。まずは読んでみてください。それから次々と繰り出される考察で、原稿用紙三十枚ほどの物語の奥に仕掛けられていた未解決の殺人事件があぶり出されてゆく様をごらんあれ。人物の名前の(単純なミスかと思える)置き換えにも手がかりがある。推理小説を書きたいと思っている方ならば、「視点人物」の技術論の一端を学ぶこともできます。ここまで考えていたなんて、元祖はやっぱり偉かった。(新潮選書、1815円)