『私たちの戦争社会学入門』
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『私たちの戦争社会学入門』野上元著
[レビュアー] 福間良明(歴史社会学者・京都大教授)
「反戦平和」超え 向き合う
「第7回世界価値観調査」(2017年)には「あなたは自分の国のために戦いますか」との質問がある。日本は89か国・地域中、「はい」は13%で最下位、「わからない」は38・1%で第一位である。戦争の忌避とともに、判断をも避ける傾向がうかがえる。
重要なのは「わからなさ」の内実である。理解を欠くゆえの「わからなさ」なのか。それとも、熟慮の末の「わからなさ」なのか。「はい」「いいえ」の回答も、軽々しい即断であれば危うい。
軍事や戦争は、入り組んだ問題である。軍縮は平和への道かもしれないが、軍事力の不均衡はときに戦争を呼び込む。そもそも戦後日本の「平和」は、アメリカの軍事力なしにはありえなかった。それらの複雑さに対し、無理解と即断を避け、慎重な熟考をどう可能にするのか。こうした問題意識のもと、本書は戦争と社会の複雑な関係を読み解いている。
鍵になるのは、「誰が戦うのか」である。徴兵制は、じつは民主主義や市民社会と親和的だった。人々が政治を主体的に考え、国防に責任を持つことが前提にされた。貴族や騎士が軍事を担う社会では、一般の人々の政治参加はあり得ない。
冷戦後の現代は、多くの国が徴兵制から志願兵制に移行し、軍人の確保は労働市場の競争に晒(さら)されている。そのことは、軍隊内部の理不尽な暴力や過剰な「男らしさ」の忌避と、ダイバーシティや女性参画の重視につながっている。
メディアとの関わりも興味深い。20世紀前半の総力戦は、扇動のメディアである映画やラジオが下支えした。資本主義の優位をめざした冷戦期は、消費の誘惑を掻(か)き立てるテレビの時代でもあった。現代は、ドローンやイージス艦、サイバー対策などが重視されるが、それは情報技術を駆使し、個別性を大量に捌(さば)くインターネットに重なり合う。
戦後、「反戦平和」の理念は、多く論じられた。だが他方で、それは軍事をめぐる思考から人々を遠ざけはしなかったか。戦後80年の今年、戦争について、即断を避ける「わからなさ」に向き合いたい。(大和書房、1980円)