『厨房から見たロシア 包丁と鍋とおたまで帝国を築く方法』ヴィトルト・シャブウォフスキ著

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厨房から見たロシア

『厨房から見たロシア』

著者
ヴィトルト・シャブウォフスキ [著]/芝田 文乃 [訳]
出版社
白水社
ジャンル
歴史・地理/外国歴史
ISBN
9784560091364
発売日
2025/03/01
価格
4,180円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『厨房から見たロシア 包丁と鍋とおたまで帝国を築く方法』ヴィトルト・シャブウォフスキ著

[レビュアー] 宮内悠介(作家)

食と政治 100年の「影絵」

 いつの世も食と政治は密接にからみあう。米やキャベツの値段の話は、それそのものが否(いや)応(おう)なしに政治的になってしまうし、外交の場で何が饗(きょう)されたかといったことが人々の口の端にのぼるのも、そこにしばしば外交上のメッセージがこめられるからだろう。そうすると、ロシア最後の皇帝からプーチンに至るまで、ロシアや旧ソ連諸国の約百年の食を扱ったこの本は、いわば、旧ソ連圏の影絵のようなものだろうか。

 本書は、スターリンが「普通の人と同じものを食べていた」と聞かされた著者が、本当だろうかと疑問を抱き、そこから着想を得たものだという。おおざっぱに分けると、前半はロシア最後の皇帝からレーニン、スターリンといった指導者とその料理人の話。後半は、ブレジネフ時代からプーチン時代までかかわったクレムリンの料理人、ベリャーエフの話が柱となる。

 それだけではない。たとえば、スターリンが引き起こしたウクライナ大飢(き)饉(きん)(ホロドモール)の生き証人への聴取。ソ連のアフガン侵攻中、戦場で鍋をふるった女性の話。チョルノービリ事故後にも現地で食事を作りつづけた人々。食べるものが何もなかった包囲下のレニングラード(現サンクトペテルブルク)、等々。つまりは、権力の中枢と権力の犠牲の、その双方を食の観点から考察するような作りとなっているわけだ。

 中心となるのは、実際の料理人をはじめとした関係者へのインタビュー。このインタビューを通して語られるディテールから、まず目を離せない。飢饉の最中に食べた凍ったじゃがいもの話も、ソビエト崩壊前夜に要人らが食べたという猪(しし)肉(にく)の話も。こうした細部の積み重ねを通じて、この地域を百年以上にわたって覆う影のようなものが立ちあらわれてくる。インタビュー相手の多くはすでに故人となっており、その点でも貴重な本と言えそうだ。再現レシピつき。芝田文乃訳。(白水社、4180円)

読売新聞
2025年5月2日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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