『カトマンズに飛ばされて 旅嫌いな僕のアジア10カ国激闘日記』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
『カトマンズに飛ばされて 旅嫌いな僕のアジア10カ国激闘日記』古舘佑太郎著
[レビュアー] 東畑開人(臨床心理士)
「変わらない」青春の逆説
超王道の青春旅行記である。まず著者が旅嫌いなのにアジア旅なのもいいし、潔癖症なのにガンジス川を目指すのもいいし、なによりミュージシャンなのだけど、バンドを解散したばかりなのが素晴らしい。今までの世界がどうしようもなく行き止まりなのに、その世界から抜け出せないときに、人は世界へと出立する。そういう旅行記が名作でないはずがないのだ。
潔癖症の著者は、「速乾タオル四種」をリュックに詰め込んで旅に出る。それはつまり、古い世界にしがみついているということだ。もちろん、早々にそのタオルたちは捨てられる。タイから始まり、カンボジア、ベトナム、ネパール、インドと回るためには、優先順位の高いものが別にあるからだ。
アジアの各地で、著者は苦労をし続ける。長いバス移動は不快で、ビザの発行は意味不明だ。旅程はまったくままならない。そしてその分、美(お)味(い)しいビールに出会ったり、束(つか)の間の旅人同士の出会いがあったりする。仕事を失(な)くしたミュージシャンはそれらを正直に、清新な文章で書きつけていく。
旅の果てに、著者は成長し、新しい自分になったと宣言している。しかし、である。この本をより素晴らしくしているのは、著者に旅に出るよう指令を出し、資金まで融通したサカナクションの山口一郎氏があとがきを書いていることだ。帰国後の著者に出会った瞬間に山口氏にはわかったのだそうだ。「何も変わっていないじゃないか」。これが素晴らしい。
青春旅行記とは青春を終わらせるための文学である。青春が終わるとは何か。なりたい自分になれなかったことを認め、あってほしかった世界が存在しないことを認めることである。そのようにして、何かを変えようともがく若者は、変わらない自分で堂々と生きる大人へと大変身を遂げるのである。この青春のパラドックスが本書には詰め込まれている。(幻冬舎、1980円)