『戦火のバタフライ』
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<書評>『戦火のバタフライ』伊兼(いがね)源太郎 著
[レビュアー] 青木千恵(フリーライター・書評家)
◆思い引き継ぎ現在に切り込む
父から託されたノートには知らない祖父の姿が記されていた――。1945(昭和20)年から現在まで、太平洋戦争末期からの長い時間を描いた長編小説である。
物語は、祖父が遺(のこ)した3冊のノートと、高齢の女性から聞いた話を、孫の「私」が引き継ぐ場面で始まる。第1部(45~53年)、第2部(72~77年)、第3部(82年、95年)と補記の構成で、第1部では太平洋戦争の実相がリアルに再現されており、前線も本土も戦場だった状況を読者に伝える。
45年、20歳の衛生兵、尾崎洋平は、南方戦線の部隊でただ一人生き残る。一方、13歳の小曽根(おぞね)さくらは、同じ年の3月にあった東京大空襲で大けがを負い、両親と妹、親しい人たちを亡くしながら生き延びた。
太平洋戦争では、約310万人の日本人が亡くなった。戦争被害者に対する日本の戦後補償は限定的で、空襲や地上戦に巻き込まれた民間人は、置き去りにされた状態で敗戦後を生きた。南方戦線でさくらの兄に命を救われた尾崎は、復員して厚生省の職員になり、民間人に対する戦後補償の実現を目指す。しかし、ともに取り組んだ上司の急死など、不審な出来事が相次ぐ。一方、傷痕を抱えて成長したさくらは、空襲被害者にも補償を求める活動を始めるが、数々の妨害に遭う。
本書は、求める声が広がってもうやむやにされていく、今現在も見られる日本のありように切り込んでいる。<個人個人が手を取り合い、一丸となって暴走を食い止める仕組みが不可欠なのだ。わたしたちはちゃんとした国を作ってこられたのだろうか>
映像化された「警視庁監察ファイル」シリーズなど、エンターテインメント小説を書いてきた著者が、初めて戦争を題材にした大作だ。祖父の世代の体験と心情を、あまたの文献と想像力によって描き出し、過去から未来を照らしている。今年は戦後80年の節目の年で、戦争体験者の多くは亡くなった。人々の思いを引き継ぎ、あらためて問う物語である。
(講談社・2585円)
1978年生まれ。新聞社などを経て横溝正史ミステリ大賞でデビュー。
◆もう1冊
『戦後補償裁判 民間人たちの終わらない「戦争」』栗原俊雄著(NHK出版新書)