『父が牛飼いになった理由』
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
北海道酪農史と家族との思い出が見事に繋がったファミリーヒストリー
[レビュアー] 稲泉連(ノンフィクションライター)
本書は直木賞受賞作『ともぐい』などで知られる著者が、自身の家族のルーツを丹念に辿ったノンフィクションだ。
舞台は生まれ育った「河崎牧場」のある道東の別海町。そこには金沢の武士で関ヶ原の戦いにも参戦した先祖に始まり、満洲で薬剤師をしていた祖父、公務員の職を捨てて新酪農村建設事業によって独立した父―と、幾度も環境を変えながら脈々と続いてきた家族の歩みがあった。
では、彼らの選択や決断の背景には、どのような思いや経緯があったのだろう。
病に倒れた父親からそれを直接聞くことが叶わないなか、著者は家系図を辿り、数少ない証言や資料に当たって、400年にわたる「ファミリーヒストリー」に想像力豊かに分け入っていく。
父や母との思い出、北海道の牧場で過ごした子ども時代の記憶、牧場経営の厳しさや「牛飼い」としての誇り。長く介護を続けてきた父への思いをときおり交えながら、酪農という世界のリアルをユーモラスに、愛情深く綴る筆致が胸に響く。
また、土地の歴史と自らの記憶、酪農という日常をゆるやかに交差させる眼差しに触れながら、重ねて胸に響いてきたものがあった。それは家族の歴史を追う旅を続けるうち、次第に著者自身が抱き始めた次のような感覚だった。
〈自分が立っている足の裏に、長く硬い根が生えていたことを、ようやく知覚できたような思いでいる〉
著者が本書で描いたのは、時代の荒波に晒されながらも家族を守り、日々の暮らしを繋いできた「普通の人々」の歴史だった。その人々の小さくとも確かな歩みを知ることを通し、いまの自分を支えるものを大きな視座から確認していくということ―。
小説家である著者の「いま」を形作る様々な思いがその足元に静かに流れ込んでいく様子に、心惹かれた。