『小説トリッパー 2025年春季号』
- 出版社
- 朝日新聞出版
- ジャンル
- 文学/日本文学、小説・物語
- ISBN
- 9784022725707
- 発売日
- 2025/03/17
- 価格
- 1,540円(税込)
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ひとり気を吐く文芸誌は新人作家への庇護も手厚く良作が生まれる好循環
[レビュアー] 栗原裕一郎(文芸評論家)
「雑誌がどんどん薄くなる」とさるベテランライターがXで呟いていた。文芸誌も例外ではない。分厚さを売りにする一部の雑誌は別として、どれも薄くなっている。ページ数減は、前回触れた新人小説の枯渇とも関連しているだろう。
そんな中、『小説トリッパー』がひとり肥大している。2024年春季号の388ページから、最新号である2025年春季号では636ページと、実に6割も増えている。ぶいぶいといってよかろう。芥川賞作家を出すとこうも調子づくものかと感心する。
その鈴木結生の受賞第一作「携帯遺産」が早くも発表されているのも目を引くが、ぶいぶいという意味で注目されるべきなのは、林芙美子文学賞の同期である大原鉄平の新作が同時掲載されていることだ。
『トリッパー』はこの二人の新作を、必ず一緒に掲載してきた。新人賞をあげたきり放置という文芸誌も珍しくない中、これは大変なことだ。作家への手厚い庇護なしにはなしえない。ぶいぶいには理由があるのだ。
大原の新作は「チグの家」。デビュー作は正直「こんな古臭いリアリズムでどうするんだ」と思ったものだが、ところが作を重ねるごとに良くなっている。
舞台は、どこか海岸沿いの崖の上にあるカフェ。廃墟化した2階建て大箱レストランの一角だけを改装したカフェだ。オーナーは、船長と呼ばれる、右手が義手の、謎めいた四十男。語り手は、家族から逃げるようにその街に流れ着いた、20代のデザイナー由(ゆ)良(ら)。
この建物は廃墟時代、社会から弾かれた者たちが棲み着いていたアジールだった。船長もその一人だった。カフェ経営は自立のために計画されたことだったが、ある事件のせいで皆いなくなり、船長だけが残った。
カフェは、彼らの「家」であり、由良もまた弾かれ者として「家」に仮住まいしている。船長から由良に託されるリノベーションは、還るべき「家」の再建であり、由良にとっては新築にほかなるまい。
奇抜な設定が絵空事に終わらないのは、登場人物たちが生きているからだ。生命を吹き込んでいるのはもちろん、作者の手腕である。