『日本唱歌集』
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あれ松虫が鳴いている
[レビュアー] 北村薫(作家)
たとえば、「NHK交響楽団」のほうが「NHKシンフォニーオーケストラ」というより耳に懐かしい。楽団という響きの懐かしさのせいでしょう、わたしの頭にまず浮かんだのは、児童雑誌の見開きページでした。
唱歌の歌詞が書かれ、虫たちが演奏用の正装をし、草の中や葉の上で、フルートを吹いたり、バイオリンを奏でたり、ピアノを弾いたりしていました。楽しげな画面から、音が聞こえて来るようでした。
あれ松虫が鳴いている。
ちんちろ/\
ちんちろりん。
あれ鈴虫も鳴き出した。
りん/\/\/\
りいんりん。
昔は暑くても、今のようにクーラーはなく、部屋を閉め切ったりしませんでした。すだれを吊るし、風を入れた。夏休み、奇麗な薄緑の羽をしたすいっちょが飛んで来て柱にちょこんととまり、季節の歌を演奏し始めました。
―あとから馬おい おいついて―だな。
と思いました。昔の子供は、すいっちょが馬追いだと知っていました。今の子はどうでしょう。
岩波文庫の『日本唱歌集』(堀内敬三・井上武士編)を開くと、「虫の楽隊」という歌も載っています。虫たちを交響楽団の姿で描くのも昔の画家にはごく自然なことだったでしょう。こちらの題名は「虫のこえ」。歌詞の結びはこうです。
秋の夜長を鳴き通す
ああおもしろい虫の声。
楽団