『歴史のなかの貨幣 銅銭がつないだ東アジア』黒田明伸著

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

歴史のなかの貨幣 銅銭がつないだ東アジア

『歴史のなかの貨幣 銅銭がつないだ東アジア』

著者
黒田 明伸 [著]
出版社
岩波書店
ジャンル
歴史・地理/歴史総記
ISBN
9784004320579
発売日
2025/03/22
価格
1,056円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『歴史のなかの貨幣 銅銭がつないだ東アジア』黒田明伸著

[レビュアー] 岡本隆司(歴史学者・早稲田大教授)

列島覆う中国発「現地通貨」

 銅銭は漢字と並ぶ中国文明独自の発明である。漢字と同じく東アジアの全域にひろがり、漢字と同じく各地で土着化した。

 こうした銅銭の姿態をグローバルに分析し、独自の貨幣理論をつとに構築したのが著者である。本書は「一〇〇〇万人前後の人々が住む日本列島において数百年間、私的な取引も公的な収支もともに異邦の小額通貨に依存していたという現象」の世界史的な意味を、現代日本の一般読者とともに考えようという希(け)有(う)な作品となった。

 銅銭とは「現地通貨」を体現した貨幣である。「売り買いをする自由のある人々がある程度の規模で集まれば、租税を賦(ふ)課(か)する権力の介在なしに、貨幣は自生しうる」というシステムの所産が「現地通貨」であり、「もっぱら地域内の交換を媒介」する機能を有した。

 「中世東アジア」で該当するのは、古銭で知られる「宋銭」である。11世紀の宋代中国は技術革新で、二千億枚にのぼる銅銭を鋳造した。その巨大な貨幣のストックが、数百年にわたって海を越え、東アジア全域に及び、シナ海を取り囲む各地で、それぞれの「現地通貨」が「自生」する。

 銭建て取引の開始から、日本史上に著名な撰(えり)銭(ぜに)・ビタ銭、そして貫高制の形成・放棄まで。「宋銭」の果たした役割は、ほぼ日本の中世を覆いつくす。同時代の朝鮮やベトナムの動向と並行して、紙幣・銀の併用にいたる中国の貨幣史と不可分な歴史過程であった。

 錯(さく)綜(そう)した歴史事象をもたらす基層のシステムを忘れない論述が、著者・本書の本領である。こみいった論旨に即した歯ごたえのある文体も、豁(かつ)然(ぜん)理解できた醍(だい)醐(ご)味(み)がたまらない。

 銅銭は元来、中華王朝の元号を刻んだ、統一権力の表象である。しかし受容した東アジアの各地は、中華の規範にこだわらない個別自律的な運用に終始した。

 やはり漢字・漢文と共通する。貨幣・経済にとどまらない文明の歴史として味わいたい。(岩波新書、1056円)

読売新聞
2025年5月9日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク