<書評>『競争なきアメリカ 自由市場を再起動する経済学』トマ・フィリポン 著

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

競争なきアメリカ

『競争なきアメリカ』

著者
トマ・フィリポン [著]/川添節子 [訳]
出版社
みすず書房
ジャンル
社会科学/経済・財政・統計
ISBN
9784622097549
発売日
2025/03/19
価格
4,950円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

<書評>『競争なきアメリカ 自由市場を再起動する経済学』トマ・フィリポン 著

[レビュアー] 中北徹(東洋大名誉教授)

◆権力にすり寄る新産業の実態

 著者は米国で教鞭(きょうべん)をとるフランスの経済学者。国際通貨基金(IMF)では、有力な経済学者の25人にも挙げられた気鋭である。

 本書のテーマは、著者が渡米した際に肌で感じたという違和感…米国ではベンチャー企業が輩出し、イノベーションが活発であるにもかかわらず、インターネットの通信費が欧州など諸外国と比較して2倍近く高いのはなぜか、という疑問である。

 米国は研究開発が活発でベンチャー市場は自由で巨大、闊達(かったつ)な活動が保証されるという通念がある。彼の実感はそうした通念に反しないか?

 著者が膨大な事例と文献を調べ上げ、10年余の歳月をかけてたどり着いた結論は、大変に衝撃的である。活発な技術革新が行われても、創業者らがいったん国内市場で地歩を築くと、権力の介入を求めて政治に対するロビー活動などを活発に行うので、早い時期から市場取引の自由を阻害する規制や基準が導入されてしまうというのだ。

 新規産業が誕生しても、こうした活動(レント・シーキング)も精力的であり、結果は技術革新のコスト削減効果が小さく、労働者の実質賃金への見返りも少なく、成長の利益は十分享受されない。

 本書の原著書が刊行されたのは2019年。トランプの第1次政権の後半期が始まる頃である。だが、現下のトランプ第2次政権の政策を批判的に考えるうえで重要な示唆を与える。大統領の就任式では、テスラのイーロン・マスク氏に加え、アマゾン、メタ、アップルなどの巨大ベンチャーの首脳が列席し、権力にすり寄った姿を目の当たりにした。本来彼らは創造的な破壊を掲げていた自由の旗手だったはずだ。

 「米国のほとんどの産業で過去20年、競争が減っている」という本書の帰結は先鋭、かつ意味深長である。本書が掲げるマークアップ率(付加利益率)と集中度の米欧比較や、米大統領選挙資金の比較、21世紀への経済指針は、米国社会の具体的な姿をより深く知るうえで、専門家にも必見のデータ、政策提言である。

(川添節子訳、みすず書房・4950円)

1974年生まれ。米ニューヨーク大教授、マクロ経済学・企業金融。

◆もう1冊

『通貨スワップ協定の形成と展開 基軸通貨ドルの生命線』中北徹著(千倉書房から近刊)

中日新聞 東京新聞
2025年5月11日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク