『ギンガムチェックと塩漬けライム』
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<書評>『ギンガムチェックと塩漬けライム 翻訳家が読み解く海外文学の名作』鴻巣友季子 著
◆原作の深い読みと再解釈
忘れかけていた英米文学の名作と再会する。本書はマーガレット・ミッチェルの『風と共に去りぬ』やエミリー・ブロンテの『嵐が丘』、ヴァージニア・ウルフの『灯台へ』の訳者による紹介と批評が集められている。
初出は、大西泰斗(ひろと)の名調子で知られるNHK「ラジオ英会話」のテキスト。そのため、英語の学習者も、なるほどとうなずく翻訳の秘訣(ひけつ)が織り込まれている。
たとえば、J・D・サリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』に頻繁に登場するyou。漠然とした聞き手や読者を指すgeneral you(総称的なユー)と考えられ、これまでは「あなた」とは訳されず省略されてきた。ところが、村上春樹訳では「君」とはっきり訳出したと指摘する。さらに著者は、回転木馬に乗る妹フィービーが描写される感動的な場面を取り上げ、このときのyouは、弟のアリーではないかと解釈して、年下の男性を思わせる人称代名詞を使い「ちぇっ、おまえもあの場にいてくれたらなあ」と実際に訳してみせる。原文の深い読み込みがある。
そればかりではない。大部、難解だったりする小説のあらすじが、平易に書かれていてすっと頭に入る。これは物語を構造的に捉えて、主人公を再定義する著者の文芸評論家としての才が生きている。さらに、原著者の価値観に縛られずに、現在の時点から再解釈を試みている。たとえば、120年前に書かれた短編の傑作、オー・ヘンリーの『最後のひと葉』を「フリーランスの女性同士のシスターフッド(女性同士の絆)の物語」として捉え直す。しかも、雑誌や広告の仕事が生まれた当時のニューヨークで、ふたりぐらしをするアーティストの卵に心を寄せる。
著者の守備範囲は広い。自身の訳を含む全28篇。エドガー・アラン・ポーからカズオ・イシグロまで。「高尚な文学」にとらわれず、推理、SF、ホラーにも目配りが利いている。子どもの頃、本を手にして、遥(はる)か異界へと旅立っていくときのときめきが甦(よみがえ)ってきた。
(NHK出版・1980円)
1963年生まれ。翻訳家、文芸評論家。著書『文学は予言する』など。
◆もう1冊
『自分だけの部屋』ヴァージニア・ウルフ著、川本静子訳(みすず書房)