『教育哲学講義』
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『教育哲学講義 子ども性への回帰と対話的教育』河野哲也著
[レビュアー] ドミニク・チェン(情報学研究者・早稲田大教授)
「教える大人」からの転換
私は大学で教員という役割を10年弱務めてきたが、未(いま)だに「教育」とは一体どういうことなのか、何のためなのかがわからなくなる時がある。何十年も勤めてもわからない、という同僚たちの声を聞くこともある。
本書は、教育哲学者として「子どもの哲学」に関わってきた著者が、大人が子どもに教えるという教育観を脱し、大人はむしろ子どもと共に、子どもから学ぶことを通して、子どもに戻るべきだ、というラディカルな主張を展開するものだ。大学で子どもから大人になろうとしている人たちと接する者としても、著者が丁寧に展開する記述に終始首肯させられた。
私なりに筆者の考えをまとめれば、子どもになるということは、当たり前のことに驚く姿勢を再び獲得することである。生物学者のレイチェル・カーソンが「センス・オブ・ワンダー」と名指したその特性は、大人になってたくさんの常識を身に着け、世界のことを理解する過程で希薄化してしまう。であれば、教育とは、不可解な他者や謎めいた世界のことを理解しようとすることではなく、不思議な対象と向き合い、自分なりの意味を生成することをこそ支援する取り組みである、と。
著者はこの構えを「他者を分かろうとするのではなく、他者に居合わせようとする」ものと表現している。そのためには、「世界との一体感ではなく、世界との距離感」を保つことが肝要となる。その間合いは、人生の異なる局面において変化し続けるものであり、一定不変ではないのだ。
世界を、他者を所有したり統御しようとしたりしないことで自己が変化に開かれる。本書が投げかける問いは、小中高の学校や大学の教員のみならず、子どもと生きるすべての親にとっても重要な意味を持つ。そして、子どもが周囲にいない大人は、自らの内側に潜在する「子ども性」を見つめる視点を育めるだろう。教育とは特定の能力獲得の手段ではなく、目的をあらかじめ定めない変容へと向かうための実践なのだ。(勁草書房、2750円)