<書評>『楽しい音の鳴るほうへ はちみつぱい・和田博巳の青春放浪記1967-1975』和田博巳 著

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楽しい音の鳴るほうへ

『楽しい音の鳴るほうへ』

著者
和田博巳 [著]
出版社
アルテスパブリッシング
ジャンル
芸術・生活/音楽・舞踊
ISBN
9784865593068
発売日
2025/03/21
価格
2,200円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

<書評>『楽しい音の鳴るほうへ はちみつぱい・和田博巳の青春放浪記1967-1975』和田博巳 著

[レビュアー] 湯浅学

◆正解のない おもしろさ

 はちみつぱいは、活動休止期間もあったが、現在も存在している日本のロックバンドである。1970年代前半に前例のない音楽表現を成していた。同時代のはっぴいえんどとはまた別の、幻想的で飄々(ひょうひょう)とした雰囲気を漂わせていた。著者、和田博巳ははちみつぱいのベース奏者だ。そのプレイを私はかねて愛聴してきた。稀有(けう)なセンスの持ち主だと思っている。それが、まさか、まだギター3人組だった初期はちみつぱいのライブに一目ならぬ一聴惚(ほ)れ、即座にベースを購入し加入を懇願した身だったとは。それまでベースなどまったく触ったこともなかったというのだ。

 衝動こそ指針。本書を読むとそれが若き和田博巳の人生をこの上なく楽しいものにしてきたことがよくわかる。

 1967年から1975年、20代の行動を和田自身が告白した書である。怪しいのはあたり前。でたらめは常識のうち。さまざまな人が和田の周囲に騒々しく登場してはなんだかんだやらかしたり教示したりしていく。ジャズ喫茶のレコード係の心得、70年代初頭の東京のロック喫茶事情、ジャズやロック聴取の実態が柔和な語り口で伝えられている。このリラックスした佇(たたず)まいあればこそ、和田の周囲にかくもアクの強い人間が交差していったのだろう、と読み進むうちに深く納得するところとなる。

 かつての風景や臭気が記憶のひだに数々甦(よみがえ)る年配者はもちろん多数いるだろう。幻として脳内で勝手に昔日の有様(ありさま)を画像再生している好事家にとっては意味不明、動機不詳の箇所もあるだろう。しかし、本書は人生の方位羅針盤ではない。音楽と人との関係のおもしろさを実例で示した書だ。正解なんてないから楽しいのだ、と身をもって示している和田は著名なオーディオ評論家である。音のいい/わるいを語るのではなく、各自にとっての心地よい空間感知法にそっとヒントを示す。そんな奥ゆかしい和田だが、実は本書には未収録の話が山盛りで語られていることを、私は知っている。読者諸君、お楽しみはまだまだ続く、はず。

(アルテスパブリッシング・2200円)

1948年生まれ。オーディオ評論家。著書『オーディオ大事典』など。

◆もう1冊

『ニアフィールドリスニングの快楽』和田博巳著(ステレオサウンド)

中日新聞 東京新聞
2025年5月18日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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