『ハイエク入門』
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独創的な魅力の知の巨人像
[レビュアー] 田中秀臣(経済学者)
アダム・スミス、マルクス、ケインズの次に有名な経済学者はハイエクだろう。そのわりには、ハイエクの功績がなんなのか説明するのは難しい。太子堂正称『ハイエク入門』は、経済学、政治思想、心理学、そして法の体系にまで幅広く、また奥深い考察を残したこの知の巨人の功績をわかりやすく説明している。ハイエクは今日、新自由主義の象徴として語られることがあるが、それがいかに虚像であるかもわかるだろう。また市場競争を手放しに賞賛するわけでもない。
ハイエクのユニークなところは、市場とはさまざまな人々が新たな知識を発見し、また情報を生産する場であるとしたことだ。そして単純な需要と供給の一致で市場取引が成立するわけでもない。市場ではダイナミックな人々の交渉の過程が出現し、つねに予想を裏切るさまざまな出来事が生じる。だが市場はこの競争の過程の中で自生的な秩序として成立している。
本書ではハイエクの自生的秩序が、また人間の脳内の感覚秩序に基礎付けられている可能性を解説している点で、従来のハイエク本にはない独創性がある。暗黙知との関連など読んでいてワクワクする。本書では遠縁にあたるウィトゲンシュタインとのエピソードや右翼の巨魁だった田中清玄とハイエクとの関係まで話題が及んでいて、その引き出しの多さには驚いてしまった。ハイエクよりもライバルのケインズの方が好きな私でさえ、本書が描くハイエク像は魅力的だ。