裁判員制度に切り込むミステリや人類の危機を描いたハードSFなど 2025年、文芸評論家の激推本8選

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  • 天狼 東京湾臨海署安積班
  • 午前零時の評議室
  • 高宮麻綾の引継書
  • 死んだら永遠に休めます
  • 対怪異アンドロイド開発研究室2.0

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ニューエンタメ書評

[レビュアー] 細谷正充(文芸評論家)

貫禄の警察小説にフレッシュな魅力あふれるデビュー作、異世界ファンタジーから星新一賞歴代受賞作による傑作アンソロジーまで、文芸評論家・細谷正充が推すヴァラエティに富んだエンタメ8冊!

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 相変わらず面白い作品が続々と出版されているので、今月も力の限り紹介しよう。最初は、今野敏の『天狼 東京湾臨海署安積班』(角川春樹事務所)である。人気シリーズの最新長篇だ。

 東京湾臨海署刑事組対課強行犯第一係──通称・安積班に所属する須田三郎がよく行くスナックが、見慣れぬ三人組の男からミカジメ料を請求された。安積剛志は、暴力犯係の真島喜毅に相談。この件を引き受けた真島だが、部下が三人組によって病院送りにされてしまった。また、他の暴力事件も相次ぐ。いったい管内で何が起こっているのか。交機隊小隊長の速水直樹から、篠崎恭司という男の情報を得た安積は、危険な領域に足を踏み入れていく。

 一連の事件の構図は、割と早い段階で明らかになる。 しかし、それが分かっても、物語のテンションは落ちない。警察にも平気で牙を剥く相手に対して、臨海署の面々が一致団結。安積は珍しく激しい怒りを露わにし、署長までが恰好いい姿を見せてくれる。彼らの行動を追いかけて、ラストまで一気呵成に読んでしまうのだ。

 それとは別に、現在の警察の制度が、激しく変化していく犯罪に対応しきれていないのではないかという疑問も提示されている。常に時代と向き合ってきた警察小説のシリーズだからこそ表現できた“今”が、ここにあるのだ。

 衣刀信吾の『午前零時の評議室』(光文社)は、第二十八回日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作。香蔭大学三年生で、羽水法律事務所でアルバイトをしている神山実帆は、送られてきた「補充裁判員選任及びオリエンテーションのご案内」に従い、指定されたビルに赴き、四階の部屋に入った。ただし肝心の事件が、羽水が手掛けているものである可能性があるため、裁判員を断ることになるかもしれないと思っている。ところが実帆を含む集められた七人が、元邑判事によって部屋に閉じ込められてしまう。実帆を除く六人は、過去にある裁判にかかわり、結果的にだが誤った判決へと導いてしまったことがあったのだ。

 現在、赤根菜々絵という女性が殺人の罪に問われているが、有罪か無罪か話し合って決めろといわれた七人。しかし結論が間違っていたときは爆弾が破裂するという。極限状態の中、意外な展開に翻弄されながら、実帆たちは真実を求めてディスカッションを重ねるのだった。

 この実帆のパートは、アメリカの陪審員制度を題材にした映画『十二人の怒れる男』を意識したものだろう(作中にタイトルが出てくるので間違いない)。そこにデスゲームを組み合わせたところに、本作の独創がある。一方で、羽水弁護士のパートが並走し、やがて事態は二転三転。ラストのサプライズには、大いに驚いた。作者は現役の弁護士であり、無茶のある設定を面白く読ませながら、裁判員制度の問題に鋭く切り込んでみせたのだ。

 新人のデビュー作を、もうひとつ。城戸川りょうの『高宮麻綾の引継書』(文藝春秋)は、食品原料の専門商社「TSフードサービス株式会社」に入社して三年目の、高宮麻綾が主人公。仕事では有能だが、負けん気が強く、尖った性格の持ち主である。トレーディング三課に所属する麻綾は、ビジネスコンテストで優勝し、実現することになった新規事業『メーグル』を、親会社「鶴丸食品」の意向で潰されてしまう。死者まで出た過去の事故を理由にしたリスク回避とのことだが、麻綾は納得がいかない。過去の事故の真相を暴き、ムカつく奴らをぶっ倒し、『メーグル』を復活させようとするのだった。

 一年前に会社を辞めた恩賀英雄の文章箱から、過去の事故が殺人だという文章が見つかる。「鶴丸食品」の上層部の動きもおかしい。読者の興味を惹くネタを振りまきながら、作者は麻綾を爆走させる。親会社の社員相手でも怒りを爆発させ、社会人としてのルールを平気で逸脱する麻綾が愉快痛快。かなりメチャクチャなキャラクターにもかかわらず好感が持てるのは、『メーグル』を自分の手で実現させたいという想いが、何があろうとブレないからだろう。ビジネス小説とミステリーの魅力が混然一体となった良作だ。

 会社を舞台にしたミステリーなら、遠坂八重の『死んだら永遠に休めます』(朝日新聞出版)もお薦めである。ブラック企業で働く青瀬は、無能上司のパワハラに悩まされていた。その上司が失踪。青瀬を始めとする部下たちは解放感を覚えるが、さらなる地獄が待ち構えていた。精神的に限界まで追い込まれる青瀬だが、それだけでは終わらない。一連の事件の真相は意外であり、かつ絶望的なもの。このインパクトが凄すぎた。

 饗庭淵の『対怪異アンドロイド開発研究室2.0』(KADOKAWA)は、デビュー作に続く、シリーズ第二弾だ。近城大学には、白川有栖教授率いる「対怪異アンドロイド開発研究室」がある。教授が作った自律汎用AI搭載のアンドロイド・アリサを使い、怪異の調査をしているのだ。教授がそのようなことに取り組んでいる理由は前作で書かれているが、未読の人もいると思うので、ここに記すのは控えよう。

 そんな研究室に、怪異に関する依頼が持ち込まれた。私立月代中学校に存在する七不思議を調べてほしいというのだ。しかし前作の騒動でアリサは大きく損傷。そこで少女型の試作ボディにアリサのAIをコピーした、新たなアリサを転校生として中学校に潜入させる。そしてアリサは「異常存在リサーチ部」に入部し、部員たちと共に七不思議を検証していくのだった。

 ホラーとSFがせめぎ合うデビュー作は、極めて新鮮な作品だった。その独自の世界は本書でも健在。連作風に進むストーリーは、最初の検証から不穏な結末を突きつける。さらに途中から、物語が予想外の方向に転がり、前作に登場したある人物の正体も明らかになる。何を信じたらいいのか分からなくなる状況を拡大していき、読者の不安を掻き立てる、作者の手腕が素晴らしい。優れたエンターテインメント・ノベルなのだ。

 仲村つばきの『代筆屋アビゲイル・オルコットの事件記録 ホワイトチャペル連続殺人』(集英社オレンジ文庫)は、十九世紀末のロンドンを舞台にしたヴィクトリアン・ミステリー。主人公のアビゲイル・オルコットは、伯爵令嬢でありながら、ロンドンのイーストエンドで代筆屋を営んでいる。ある日、以前アビゲイルの客だった元娼婦、ジェーン・ブラウンが訪ねてきた。娼婦から足を洗ってメイドになったが、それも辞めてしまったので泊めてほしいというのだ。これを断ったアビゲイル。しかし、また娼婦に戻るといっていたジェーンが、殺されてしまった。犯人は当時のロンドンを恐怖に陥れた連続殺人鬼“切り裂きジャック”だという。ジェーンを泊めなかった後悔と、利己的な思惑もあり、事件の真相を追うアビゲイル。解雇したメイドのジェーンが盗んだ書類を探して、アビゲイルのところにやってきた、元雇い主で伯爵家嫡男のエドマンド・フリートウッドは、そんな彼女に振り回されるのだった。

 切り裂きジャック事件は現在でも真相が不明であり、長年にわたり多数の人々の関心を集めている。この事件に関する著作も膨大だ。作者は、事件に関する諸説を巧みにアレンジしながら、アビゲイルという魅力的な女性を躍動させた。とにかく行動的なアビゲイルと、それを心配してきつい言動になってしまうエドマンド。喧嘩しながら、二人は真相に迫っていくのだ。また、アビゲイルの二人の姉や、ヘッポコ巡査のニコラスなど、脇役陣も味がある。シリーズ化してほしい作品だ。

 古宮九時の『成り代わり令嬢のループライン 繰り返す世界に幸せな結末を』(角川文庫)は、第九回カクヨムWeb小説コンテスト〈恋愛(ラブロマンス)部門〉特別賞を受賞した異世界ファンタジー。現代の女性がファンタジー世界の住人になり、何度も一定の時間をループしながら、友人たちを救おうと奮闘する。現在のネット小説では、さほど珍しくない設定だ。しかし作者は、この設定の長所と短所をよく理解している。ループを扱った作品は、小説の構造上、繰り返し同じ場面を書かねばならない。それが主人公の行動によって、どう変化していくかが読みどころだからだ。しかし、やりすぎると読者が飽きてしまう。この問題を作者は、練りこんだストーリーにより回避。ストレスなく物語世界に引き入れてくれるのだ。女性向けであるが、よくできた物語なので、男性も手に取ってほしいのである。

『星に届ける物語 日経「星新一賞」受賞作品集』(新潮文庫)は、日経「星新一賞」の第一回から第十一回までの、一般部門グランプリ作品を収録した、文庫オリジナル・アンソロジーだ。「星新一賞」ということで、オチのあるショートショートがメインかと思っていたら、まったく違っていた。まず第一回受賞作である、藤崎慎吾の「『恐怖の谷』から『恍惚の峰』へ~その政策的応用」に驚愕。なんと現代より科学の進んだ世界での検証実験を、論文形式で書いているのだ。いきなり、とんでもないものを読んでしまった。

 続く、相川啓太の「次の満月の夜には」は、科学知識を盛り込みながら、人類の危機を描いたハードSFであった。それ以外にも、ハードSFと呼べる作品が存在している。これはいったいどういうことかと思ったら、解説を読んで納得。そもそも星新一の小説には“科学と人間社会の本質を突く理系的なセンスがあった”のであり、それを踏まえて、あえて「理系文学」を謳う賞になったそうだ。予想とは違っていたが、面白い作品が多かったので満足。これもまた、新たな星の煌めきなのだ。

角川春樹事務所 ランティエ
2025年6月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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