『なぜ一流ほど験を担ぐのか』マイケル・ノートン著

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なぜ一流ほど験を担ぐのか

『なぜ一流ほど験を担ぐのか』

著者
マイケル・ノートン [著]/渡会 圭子 [訳]
出版社
早川書房
ジャンル
社会科学/社会科学総記
ISBN
9784152104229
発売日
2025/04/09
価格
3,025円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『なぜ一流ほど験を担ぐのか』マイケル・ノートン著

[レビュアー] 櫻川昌哉(経済学者・慶応大名誉教授)

「儀式」で保つ 心の平静

 我々は日常の中で数々の儀式を執り行っていると言えば、そんなことはないと答えるかもしれない。しかし生活を快適にするためにいろんな工夫をしていると言えば、納得する人も多いだろう。

 本書は儀式を科学的に解明しようとする。習慣の核心は“何”をするかであり、儀式の核心は“どのように”するかであると両者を区別するところから話は始まる。例えば、朝起きると歯を磨いて顔を洗う。その2つの行為を毎日行えば、それは習慣であることに異論はないであろう。論理的にはどちらが先でもよさそうな2つの行為にいつも決まった順番があるとすればどうであろうか。順番があるとき、著者はこれを「儀式」とよぶ。

 すると、数多くの儀式に頼って日々の生活をおくっていることに気づく。朝、出掛ける時の準備など、半分くらいは儀式かもしれない。朝の儀式をいつもどおり行えば、「今日も頑張れそうだ」と気持ちが上がる。そう、儀式は「感情発生装置」なのである。

 不確実性からの不安やストレスに対処するためにも、我々は儀式に頼る。人前でプレゼンをするとき緊張しないように、用もないのにトイレに行って必ず手を洗って、お気に入りのハンカチで手をふく。「落ち着け」と言い聞かせるよりも、冷静さを保つ方法として効果的であることを経験から知っているのである。野球選手のバッターボックスでの仕草(しぐさ)を見れば、人は自分を落ち着かせるためにどのくらい儀式に頼っているかがよくわかる。

 卒業式や入社式、送別会の持つ意味もわかってくる。これらの催しは、自らのアイデンティティの変化を受け入れる通過儀礼ととらえると腑(ふ)に落ちる。別々の道を歩むことになる仲間たちと卒業式で顔を合わせることで、社会に出ていくための心の準備ができ、次のステップにスムーズに移行できる効果があるのである。

 表題の意味は、一流の人ほど儀式を味方につけて心を落ち着かせるのがうまいと読めば納得できる。儀式は、心を冷静に保つための効果的な方法なのである。渡会圭子訳。(早川書房 3025円)

読売新聞
2025年5月23日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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