『砂の器 映画の魔性 監督野村芳太郎と松本清張映画』樋口尚文著

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砂の器 映画の魔性

『砂の器 映画の魔性』

著者
樋口 尚文 [著]
出版社
筑摩書房
ジャンル
芸術・生活/演劇・映画
ISBN
9784480874177
発売日
2025/03/10
価格
2,750円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『砂の器 映画の魔性 監督野村芳太郎と松本清張映画』樋口尚文著

[レビュアー] 福間良明(歴史社会学者・京都大教授)

原作と相違「泣かせ」追求

 松本清張作品は多く映画化され、話題作も多い。なかでも、野村芳太郎監督『砂の器』(1974年)は「傑作」との評価が高い。だが、これは原作との相違が際立っている作品でもある。

 原作は「戦後の新世代文化人の倨傲(きょごう)さと脆弱(ぜいじゃく)さ」に力点を置くが、映画はそれをバッサリと削(そ)ぎ落している。他方で、「自己の業病をなおすために、信仰をかねて遍路姿で放浪」という程度にしか書かれていない原作の記述を膨らませ、親と子の凄惨(せいさん)な旅路にかなりの尺を割き、涙を誘うシーンに仕上げている。その意図や製作の手つきを、著者は原作および脚本・橋本忍の回想や野村監督の秘蔵資料とも突き合わせながら、じつに丹念に読み解いている。

 本書のページをめくりながら改めて気づいたのは、映画と原作のタイムラグである。映画の最盛期である1958年頃から、『張込み』『点と線』『ゼロの焦点』といった主要な清張作品は次々に映画化され、話題にもなっていた。本紙夕刊に60年から翌年にかけて連載された『砂の器』も、早々に映画化の検討がなされた。だが、原作の入り組んだストーリーや、多額のロケ費用、そしてハンセン病にふれる脚本に、映画会社(松竹)は難色を示していた。

 その後、映画産業は衰退し、不振に喘(あえ)いだが、橋本忍は自らのプロダクションを起こしてまで、野村は古巣・松竹を辞す覚悟をしてまで、この映画を手掛けた。すでに構想から13年が経過していた。しかも、この作品は、野村・橋本コンビにとって、従来の「ロジカルで明晰(めいせき)」な作風とは異なり、映像と音楽による「泣かせの技巧」を追求した実験的な作品となった。

 本書には、主人公の少年時代を演じ、観客の涙を誘った元子役へのインタビューも掲載されている。ほどなく映画の世界を離れたこと、『砂の器』に出演した過去を妻子にも隠していたことなど、この映画の歴史的な「重さ」を感じさせる。新たな清張映画史を拓(ひら)く一書である。(筑摩書房、2750円)

読売新聞
2025年5月23日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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