『谷根千、ずーっとある店』
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『谷根千、ずーっとある店』森まゆみ著
[レビュアー] 岡美穂子(歴史学者・東京大准教授)
本書は、東京の谷中・根津・千駄木、いわゆる「谷根千」と呼ばれる地域に根差してきた60軒以上の店とそれを守ってきた職人気質の店主たちの語りを丹念に記録したオーラルヒストリーの書である。著者は、1984年創刊の地域雑誌『谷中・根津・千駄木』(通称「谷根千」)の編集人として知られ、長年にわたりこの界隈(かいわい)の風土と人々の暮らしを見つめ続けてきた。
本書に収められたのは、洋菓子屋、銭湯、和竿(わざお)の職人など、地域に根を張りながら独自性を維持する店々であり、それぞれの経営者や家族が語る、町の変遷と共に歩んできた日々の記憶が綴(つづ)られる。谷根千に生きる人々の語りを通じて東京という街の近代史もまた浮かび上がる。
読者は随時関心のある店から読み進めることができる。ふらりとその店を訪ねてみたくなるような、町歩きの書としての魅力にも溢(あふ)れている。
都市の片隅にたたずむ歴史と暮らしを丹念に掬(すく)い上げ、市井の人々の営みにこそ、表舞台の「歴史」とは異なるかたちで、人間の生の瑞々(みずみず)しい記憶が宿ることを教えてくれる。(朝日新聞出版、2860円)