『それでも人生にYesと言うために JR福知山線事故の真因と被害者の20年』柳田邦男著

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

それでも人生にYesと言うために JR福知山線事故の真因と被害者の20年

『それでも人生にYesと言うために JR福知山線事故の真因と被害者の20年』

著者
柳田 邦男 [著]
出版社
文藝春秋
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784163906379
発売日
2025/04/09
価格
2,860円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『それでも人生にYesと言うために JR福知山線事故の真因と被害者の20年』柳田邦男著

[レビュアー] 宮部みゆき(作家)

脱線事故巡る魂の記録

 二〇〇五年四月二十五日、JR西日本福知山線の上り電車が脱線し、死者一〇七人、重軽傷者五百六十二人にのぼる大事故を起こした。脱線の瞬間は午前九時十八分五十四秒頃だったが、一両目が脱線し始めてから、最後尾の七両目が停止するまでの時間は約十秒に過ぎなかったという。当時、テレビのニュース速報で上空からの映像を見ていた私は、関西のJR路線に知識がないということもあり、脱線した電車の車両が一両足りないような気がするのは自分の勘違いだろうかと戸惑っていた。残念ながらこれは勘違いではなく、残酷な現実だった。脱線した電車の一両目は、線路脇に立つマンションの一階開口部に飛び込んで車両の前半分が潰れ、後ろ半分はマンション開口部の右側の柱を支点に折れ曲がり、二両目の車体と外壁に挟まれて潰れていたのだ。普通の通勤電車で、車両がここまで破壊されるレベルの事故が起こるはずはないと思っていたのに、起きてしまった。

 本書はこの福知山線脱線事故に正面から向き合ったノンフィクション大作だ。事故発生のメカニズム、救命救助活動、事故原因の解析究明、JR西日本の責任問題と再発防止への取り組みなど、脱線事故そのものに焦点をあてた部分と、「その後」を生き抜いてきた被害者と被害者遺族の二十年間を取材した部分との二本柱で構成されている。被害者や被害者遺族が、あまりにも突然の喪失と破壊された日常から、PTSDの苦しみを背負いつつも立ち直ってゆく道のりは感動的だけれど、ただ読んでいるだけでも胸がつまるほどに苦しい。そんなとき、この大きな社会的損失の傷みから学んで、新しい被害者支援のあり方や「組織事故」という概念を踏まえた事故防止システム、新たな医療体制や医療技術を作り上げようと尽力する人びとのエピソードに励まされる。二十年間、集中力を切らすことなく本書をまとめあげた著者のノンフィクション作家魂にも最大の敬意を払いたい。(文芸春秋、2860円)

読売新聞
2025年5月23日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク